どれだけの努力と覚悟が必要か
準備の時間だけではない。福岡公演を振り返り、出演者の一人、大島光翔は「ここまでやらないとお客様の前に立てないんだと責任感を学びました」と語っていた。
あるいは三宅咲綺は今シーズンのターニングポイントの一つに「滑走屋」に出演したことをあげているが、「歳のせいとか言い訳をしなくなりました」と言う。
彼らの言葉が指し示すのは、「滑走屋」にある求心力だ。村上佳菜子は広島公演開幕を前にこう話している。
「大ちゃん(高橋大輔)はずっとリンクにいて、1回も靴を脱がないくらい、一人ひとりと向き合っていました」
それは福岡公演へ向けての準備でも変わらなかった。リンクにいられる時間は、朝から深夜まで立ち続けた。自身が立ち上げ、フルプロデュースする公演を成功させる決意をもって、日々、その姿はあった。
見に来てくれる人々に満足してもらえるもの、みせられるものにするにはどれだけの努力と覚悟が必要か、その身をもって示し続けた。それが若いスケーターたちを含め皆に伝播し、彼らは感化されていった。
また、福岡公演を終えて「もっとやれた」という思いを抱くスケーターもたくさんいた。なおさら、広島へ向けての意気込みは強かった。
高橋の姿勢、一人ひとりをひき立たせた振り付けの鈴木ゆま、そして皆でよりよいものを、という思いが結実したのが広島公演だった。
そういえば千秋楽の公演では、初めてアイスショーを見に来たであろう人の姿もみかけた。その一人、初老の男性は開演前の場内を見て、連れ立ってきた相手の人に「なんだかあやしい雰囲気だな」と話しかけた。観終えたあと、こう話すのを聞いた。
「いやあ楽しかったな」
「滑走屋」にはフィギュアスケートのファンを広げたいという意図もあることを思えば、それもまた、象徴的な光景であった。
千秋楽のフィナーレのあと、氷上でマイクを手にした高橋は「この滑走屋、まだまだ駆け出しの、カンパニーと言っていいですか?」と笑顔で問いかけた。
大きな歓声が湧く。それを受けて、高橋は続けた。
「カンパニーなんですけど、どんどん新しいことに挑戦したり、みんなと一緒にやっていけたらいいなと思います。皆さんも一緒に、スケーター、スタッフともども成長していけたらと思っています。ありがとうございました」
福岡公演を経て、出演したスケーターは大会などでも一段成長した姿をみせた。広島公演もまた、若いスケーターたちの、なにがしかの契機となったはずだ。そして高橋もまた、一つの完成形を示し、これまでと同様、次の挑戦へと向かうだろう。
3月9日、すべての公演を終えたあと、スケーターたちは総出でロビーに集まり、観客を見送った。
氷上に無数のエッジの跡を残した彼らは、誰もが飛びっきりの笑顔だった。