撮影/積 紫乃

(松原孝臣:ライター)

一人ひとりが存在感を福岡以上に示す

 今までにない、アイスショーが誕生した。

 アイスショーという枠に限定せず、今までにないエンターテインメントが誕生した。そうした感覚を再確認させられたのが、3月8・9日、広島市内の「ひろしんビッグウェーブ」で行われたアイスショー「滑走屋」である。

「滑走屋」は高橋大輔がフルプロデュースする公演である。高橋は、フィギュアスケートファンなら知らぬ者のいないスケーターだ。2010年バンクーバー五輪で日本男子初の表彰台となる銅メダルを獲得、同年の世界選手権ではやはり日本男子初の優勝を果たしたほか、先駆者として今日まで歩んできた。

 のちに村元哉中とのアイスダンスに転向し、2023年春、競技から引退。新たに立ち上げたのが「滑走屋」で2024年2月、福岡で初めて開催された。

「アイスショーの、新たな幕開けになればよいなと思っています」

 抱負の通りの内容をもって好評を博し、それから約1年、広島で再演される運びとなった。初演で伝わった魅力はいかんなく発揮された。いや、より成長を遂げて眼前に提示された。

「滑走屋」の特徴の一つは、スケーターの疾走感と多人数による複雑なフォーメーションが描き出す構図にある。広島公演は総勢26名と福岡より増員された。

 オープニングがまず圧巻だ。約15分のオープニングでは、ダークブルーの照明のもと、黒の衣装で統一されたスケーターたちが1人、また1人とリンクに進み出るところから始まる。彼らは一人ひとりの動作をしつつ、円を描き周り始める。それがショーの世界に速やかに誘う。高速の滑走があり、スケーター同士のクロスなどがあり、既存のアイスショーで見たことのない光景が繰り広げられる。劇場を訪れたときのように、自然と非日常の世界に浸っていく。

 疾走感と構図は、陸上ではかなわない、まさに氷上でのスピードとムーブだ。スケートの魅力とポテンシャルがそこに浮かび上がる。

 個々のスケーターの振り付けそのものも、斬新さに満ちている。振り付けを担ったのは福岡に続き、劇団四季などを経て、東京パノラマシアター主宰のダンサー/振付家として活動する鈴木ゆま。氷上を専門としていないからこそ、融合した振り付けが実現している。また、鈴木ゆまが自身の舞台で実践してきた、限られた空間での大人数での群舞もまた、リンクで26名が滑る公演に存分にいかされている。

 加えて、「滑走屋」が魅力を放つのは、オープニングからフィナーレまで、統一された世界観のもとにストーリー性を感じさせる点にある。つまり演劇性を帯びたショーであることも魅力の一つであり、「新たな幕開け」と言うにふさわしい作品をもたらしている。

 根底は福岡から一貫している。だが、新たな曲も交えつつ演じられる中で、福岡より多人数となったことでより複雑な構図が描かれるようになり、よりシンクロナイズドスケーティング(チームによって行われる種目)的な体型変化も交え、楽しめる形となっていた。

 個々のスケーターの躍動も目をひいた。群舞であっても一人ひとりが存在感を福岡以上に示し、集団であっても埋没した感はなかった。

 出演者は数々の実績を持つメインスケーター、学生を主体とするアンサンブルスケーターとして区分けがなされている。でもその区分けなく輝く姿があった。その中にはアイスショーに初めて出演するスケーターもいた。福岡に次いでアイスショーの経験は2度目というスケーターもいた。キャリアが豊かなわけではない。でも、輝きを放った。その理由には、十分な準備期間があげられる。スケーターは送られてきた動画を観てそれぞれに練習し、2月初旬には集まれるスケーターで集合し練習を始めた。公演が間近になると合宿を敢行し備えた。