撮影/積 紫乃

(松原孝臣:ライター)

「なんでもいいんだな」

 2024年3月末から4月上旬にかけて、大阪、横浜で行われた「スターズ・オン・アイス」。坂本花織が披露した『Poison』は鮮烈な印象を与えた。坂本の持つスピード感や力強さの一方で動きのめりはり、氷上を含め艶のある演技……高い評価を得たのは、坂本の新たな表現がそこにあり、今までにない一面が引き出されていたからにほかならない。

 振り付けたのは村元哉中だった。

「(坂本を指導する)中野(園子)先生から『かおちゃんがつくってほしいと言っているけどどうですか』とお話がありました。その後、かおちゃんと連絡をとりあって振り付けました」

2024年12月8日、グランプリファイナルのエキシビションで『Poison』を披露する坂本花織 写真/Raniero Corbelletti/アフロ

 坂本に限らない。多くのスケーターの振り付けを村元が担ったこの1年は、村元が他の活動と並行し、振付師として本格的に活動を始めたシーズンでもある。

 もともと振り付けへの関心はあったという。

「楽しそうだなという思いはあったんですけど、難しそうだな、でもやってみたいな、くらいの軽い気持ちでした」

 一歩踏み出すことになったきっかけは一昨年の夏、「フレンズ・オン・アイス」で初披露となった高橋大輔とのプログラム『Makeba』をシェイリーン・ボーンに振り付けたもらったことにある。

「シェイの振り付けの仕方というか、振り付けに対しての熱を感じて、とにかくいろいろな動きをするんですよ。なんでもやって、そのスケーターに合う動きを探していく。そのプロセスを見たときに良い意味で『なんでもいいんだな、振付師って』と感じました。振付師はこういう動きをつくらないといけない、じゃなく、自由に楽しんで動きをつくっているシェイをみたときに、『振付師ってすてきだな、振付師に挑戦してみたい』という気持ちが強くなりました。シェイにも『私、振付師というのも考えているんだ』と言ったら、『絶対いいわよ、あなたは絶対合うわよ』と言っていただきました」

 それまでも多くの振付師と作業をともにしている。それとの違いをこう語る。

「それまでは競技者として振り付けをやっていただいていたので、振り付けのプロセスはすごい楽しかったんですけど、競技に集中していた分、将来振付師になるとか全く考えてなかったですね。引退してから、この先どういうふうにスケートとかかわっていきたいのか、どうしようと考えたときに、振付師という選択も出てきました。そのときシェイをみて、一気にやりたいとなりました」

 荒川静香から振り付けを依頼され、坂本からの依頼が舞い込んだ。

 そこにとどまらず、数々のスケーターのプログラムを振り付けた。

「(木科)雄登のショート『Give Me Love』とか(大島)光翔のショート『Flamenco』は直接お願いされました」

 作品が作品を呼ぶこともあった。

「それこそ、かおちゃん(坂本花織)のプログラムを観て(友野)一希からエキシビをつくってほしいと声がかかったり(『Don’t Fall in Love』)。つくった作品はどこかしらでみてくれるのでそこでいい作品と思ってもらえるかも大きいですね。そういった部分ではいいスタートになってうれしいです」