文=松原孝臣 

2024年2月9日、「滑走屋」公開リハーサルでの高橋大輔 写真=YUTAKA/アフロスポーツ

ダンサーのようなスケーターたち

 氷上に刻まれた無数のエッジの数が浮かび上がる。轍のようなそれは、始まりから終わりまでを疾走してみせたスケーターたちが残した勲章だった。

 2月12日、アイスショー「滑走屋」が幕を閉じた。2月10日から12日までの3日間、1回あたりの公演時間を約75分におさえ1日に3回公演を開催。

「アイスショーの、新たな幕開けになればよいなと思っています」

 自身も出演しながらプロデュースを手がけた高橋大輔は、企画がスタートするとき、こう語った。その言葉を形にしてみせた。

 冒頭、ダークブルーの照明のもと、曲とともに衣装の色を黒で統一したスケーターたちが1人、また1人とリンクに進み出る。

 滑走するスケーターたちは、やがて中央に2つの円となり、それぞれ反対向きに周回する。鐘の音が印象的な曲もあいまって、瞬く間に異界に、非日常に誘われる。「滑走屋」の世界に没入する。

 オープニングは14分間にわたる。開幕を5日後に控えての公開練習後、高橋は言った。

「すごく面白い構図を振り付けの方が考えてくれてるので、あまり見たことないような面白い図になってると思います」

 その言葉もまた、形にしてみせた。

 振り付けは鈴木ゆま。劇団四季などを経て、東京パノラマシアター主宰のダンサー/振付家として活動している。

「鈴木さんが今年演出した舞台を見に行かせてもらったときに、構図の使い方とかすごいかっこよくて、世界観が好きで、いつかやってもらいたいなと思っていました。フィギュアスケートの中だけの常識というか枠で収まってしまうよりも、外の人だったら全然違う提案があったり、面白さも出てくると思うんです」(高橋)

「滑走屋」公開練習、振り付け担当の鈴木ゆま(左)と話す高橋大輔 写真=共同通信

 高速の円の動き、至近距離でのクロス……アイスショーという枠組みになかった、斬新でスタイリッシュな構図が氷上に描かれる。

 集団としての構図の妙味だけではない。スケーターたちはまるでダンサーであるかのようだった。鈴木がフロアで振り付けて、それを高橋と出演者の一人でもある村元哉中が氷上の動きに落とし込んでいったという。フロアでの動きと氷上とでは異なる。簡単ではなかったはずだ。それでも「(高橋を)すごいなと思ったのは、やっぱり突き詰める力。例えば、ダンスを氷上に落とすのってすごく大変で、ほんとうにイコールではいかないんですよね。でも、ダンスのよさをそのままに氷上に落とす作業を突き詰めていました」(鈴木)

 描かれた構図、スケーターたちの創造的なダンス、それら鈴木の手腕とともに、最後まで突き詰めることで、氷上に今までにない表現を築いたのだ。

「細部へのこだわりが本質を決める」という。そう、スケーターたちが描いた今までにない構図が全体の魅力なら、突き詰めた末のスケーター1人ひとりの動作もまた魅力であった。出演者は数々の実績を持つメインスケーター、学生を主体とするアンサンブルスケーターとしての区分けがなされていた。でも1人ひとり、徹底したこだわりのもとで輝く姿は、その区分を思わせず、誰もが主役であるようだった。

 オープニングに始まり、最後の最後まで全体と細部が融合した空間と時間は、エンターテインメントとしての新たな可能性を示していた。

 成立させたのは、75分を貫く根幹があってこそ。それは「スケートならではの魅力を。人数で圧倒するパフォーマンスを見せたい。疾走感やスピードが生み出す迫力を出したいと思っています」という高橋のコンセプトだ。