文=難波里奈 撮影=平石順一

「ここが吐き出す場所であってほしいから」
純喫茶巡りを始めた当時から、東京タワーの足元で隠れ家のように明かりを灯しているその店の存在は知っていた。今から十年以上ほど前に勇気を出して一度訪れたが、歴史を感じる高級感のあるインテリアや、重厚なカウンター席の前にどんと構える一見こわもてのマスターの雰囲気がその頃の私を緊張させて、「あぁ、この場所に自分が馴染むのはまだ早いのかもしれない」と感じた。どこかを訪れるときには、それぞれに合ったタイミングや時期というものがあると思っていて、そこから長い年月を経て開けた扉の向こう側は、自分にとってすっかり居心地のよい空間になっていた。

今年で創業から41年目を迎え、美食で知られる池波正太郎、珈琲を好んだ高倉健など、名だたる著名人がカウンターで静かに過ごしてきた名店だが、常連のお客さんに心地よく過ごしてもらいたい、という想いから、


しかし、名物マスターとして知られる佐々木正明さんが70歳を迎えた2024年からSNS運用を始めたことをきっかけに、雑誌やテレビなどの取材が徐々に増えた。「今までずっとアナログな世界で生きてきたから、残りの人生ではやったことがないことをやろう、と思って」と、X、Instagramなどでの店舗情報の発信に留まらず、YouTubeやTikTokでは人生相談に乗るという試みも。加えて、今まで通り対面の世界も大切にしており、月に2回ほど営業が終わったあとの店内で、集まった人たちの悩みを3つ取り上げて皆で解決について話し合うカフェ会も実施。さらに毎週日曜日にはインスタライブを行うというパワフルさ。

自分の身を削ってでも誰かと対話する理由は、「ここが吐き出す場所であってほしいから」。現在はインバウンドの影響で海外観光客が3割ほどという日も多いそうだが、外資系で働いていたため、英語が話せる佐々木さんにはその対応もお手の物。余談になるが、航空会社で勤務していたときに毎日目にしていた巨大コンテナから着想を得て、日本で初めてカラオケボックスを作ったのも佐々木さんであるというすごい経歴の持ち主。


店名は、生まれてから青春時代までを過ごし、おおいに影響を受けたという横浜の地から付けられた。「濱」の字にしたのは「格好良いから」で、佐々木さんの醸し出す粋な雰囲気にぴったりである。初めて珈琲に触れたのは小学生くらいの頃で、家族のために家で淹れる練習をしていたというエピソードも。

その影響なのか、料理もレシピを見ないで作るそうで、誰かに学んでしまうとオリジナリティーが出せないからときっぱり。創業当時からの人気メニューであるハヤシライスは無水で丁寧に煮込まれ、チーズケーキやタルトタタンももちろん自家製でパイ生地から作っている。


久しぶりに訪れた人からは「いつも変わらないね」と言われるそうで、それは常に新しいものを追いかけるのではなく、時が経っても当時のままであるよう、店内やメニュー、接客を守り続けてきたからこそ。佐々木さん曰く、「成功する上で必要なのは、味、雰囲気、人の3

「ここでは珈琲を飲むことも大事だけれど、幸せを感じて帰ってほしい」という言葉の通り、レジでお会計をする人たちの笑顔はみな明るく、「美味しかったです、また来ます」の言葉が店内に飛び交う。例外ではなく私も、階段を下った行きのときより何倍もいい気分になって、
