文=三村 大介
「仮」だったものが「仮」ではなくなったもの
先日、TVを観ていたら、なんとも懐かしいCMが流れてきた。
真っ黒の背景の中、手持ちであろうカメラが、茶碗の白いご飯の上に歌舞伎柄のパッケージから振りかけられる海苔やあられ、そして注がれる熱々のお湯を映し出す。BGMは無く、電話のベル(しかもジリジリと回すダイヤル式の黒電話)だけが鳴り響く中、黒いシャツを着た男性がそれを無我夢中に勢いよくかき込み始める。そして食べ終えた彼はとても満足げに天空を見つめて1つ大きな息を吐く・・・。
こう書けば、「あぁ、あのCMね!」と多くの人(特に私と同世代)が思い出すはずだ。そう、これは1997年(平成9)に放映され、非常に話題となった永谷園の「お茶づけ海苔」のCMだ。なんとこの商品、昨年で発売70周年を迎えたということで、それを記念して現在、リバイバル放映されているという訳だ。
当時このCMは、そのインパクトの強さ(なんと言っても、ただお茶漬けを食べているシーンを撮っているだけなのだから)から大きな反響を呼び、特に、なんとも豪快に、そして美味しそうにお茶漬けを流し込む主役の男性に注目が集まった。
「彼はいったい誰?」「どこの俳優?それともモデル?」「どうやら永谷園の社員らしいぞ・・・」など、様々な憶測が飛び交うほど大きな話題となったのだが、実はこの男性、撮影現場に居合わせた広告代理店勤務の方でいわば素人。もちろん演技経験はゼロで、たまたま、タレントの「
しかし、この撮影を見た当時の永谷園の社長が、彼の食べっぷりの良さを甚く気に入り、なんとそのままCM出演が決定、そして放映されるに至るということになったのだ。いやはや、ただの「代役」だった会社員があっという間に時の人、人気者になってしまうのだから、人生何が起こるかわからない。ちなみに、その後彼は、このCMが大好評だったこともあって、永谷園の他の商品のCMにいくつも出演している。
このように、「代役」「仮」だったのにも関わらず、本採用となったという話、実は案外よくあるようで、例えば、Every Little Thingの持田香織は、アーティストの「仮歌」を歌う係だったのだが、その歌声が音楽プロデュースに見出されたことで、見事デビューを果たすことになったとか、『となりのトトロ』のテーマ曲は、当初、合唱団の子たちだけによる楽曲だったのだが、歌手の井上あずみが、その子たちが曲を覚えるためにお手本として「仮」に録音したものをディレクターがとても気に入り、そのまま彼女のソロ曲として発売することなったとか、特にエンターテインメント業界では面白いエピソードが数多く見受けられる。
その中でも私が一番好きなエピソードは、私のJ―POPにおけるフェイヴァリット・ソングの1つ、スピッツの名曲『ロビンソン』についてだ。
スピッツの楽曲の大半を手がけるボーカルの草野マサムネは、曲を制作する際、その曲に適当な「仮タイトル」を付けて進めるようで、この『ロビンソン』も同様、曲作り直前に行ったタイ旅行のとき、現地で見た「ロビンソンデパート」の名を「仮」に付けたそうだ。
なぜデパートの名前?というツッコミはこの際置いといて、草野マサムネは、よほどこの「仮タイトル」が気に入ったのか、当初、この曲の歌詞の中には、一切『ロビンソン』という人物や関連する内容は出てこなかったのだが、後づけでロビンソン・クルーソーをイメージさせるかのように「誰も触れない二人だけの国♪」という歌詞を加えたそうだ。
こうして、「仮タイトル」のまま発売することになった『ロビンソン』は、売上が162万枚を超える大ヒットを記録し、スピッツの楽曲でも最大のヒット曲となっている。
ちなみに、この曲の発売当初、「スピッツ」と「ロビンソン」、どちらがバンド名でどちらが曲名なのか、しばらく覚えられなかったのは私の懐かしい(恥ずかしい?)過去である。
さて、今回紹介する《数寄屋橋交番》は、これらのエピソードように、本当は「仮」だったはずものが、「仮」でなくなってしまったという「トリビア」でも有名な建築である。