文=三村 大介 写真=坂茂建築設計、アイ・トラベル・スクエア

©︎Hiroyuki Hirai 写真提供=坂茂建築設計

ドキドキ・ワクワクを思い起こさせてくれる「秘密基地」

 まだとても幼かった頃、大好きだったTV番組があった。当時、ウルトラマンや仮面ライダーが大人気で、近所の子たちと楽しく真似して遊んではいたが、私はそれら以上に、その番組を毎回とても楽しみにしていた。

「ファーイブ、フォー、スリー・・・」という聞き慣れない言葉と一緒に、機体の数字がアップになるオープニング。

 そう『サンダーバード』である。

 当時同居していた叔母が『サンダーバード』のファンだったようで、部屋には1号機(ジェット機)や3号機(ロケット)のブリキのおもちゃも飾ってあった。そんな彼女の影響もあって、番組が始まると一緒にテレビの前に並んで座ったものだ。

 ストーリーについては残念ながら全く覚えていないのだが(本当のファンの方には大変申し訳ないが・・・)、あの独特な人形の動き(スーパーマリオネーションいう画期的な技法だったらしい)がとてもコミカルで楽しかったということと、何と言っても、秘密基地からサンダーバードメカが出動するシーンがたまらなく好きだったということはよく覚えている。

 サンダーバードの機体がトコトコと運ばれ、プールの水面下から、山の岩肌から、そしてドーナツ状の建物の真ん中から発進するシーンには毎回胸が躍った。

「サンダーバード」ともに写真=Everett Collection/アフロ

 実は今回の執筆を機にYouTubeで『サンダーバード』の動画を探し、何十年ぶりに観てみたのだが、いやはや今観てもやっぱりカッコいい。

 どうやらあの幼少の頃のワクワク感は、半世紀近く経っても全く変わらない、いやむしろ当時以上であるかもしれない。こんなおじさんになった今でも「秘密基地」という言葉には無条件に心が弾んでしまうようだ。これは決して私だけでないと思うのだが、いかがだろうか?

 そんなドキドキ・ワクワクを思い起こさせてくれたのが今回紹介する《ニコラス・G・ハイエックセンター(NGHC)》である。この秘密基地、なんと銀座の一等地に隠れることなく堂々と建っている。「じゃあ秘密じゃないじゃん!」という野暮なことは今回は無しということで。

《NGHC》は、スウォッチグループジャパンの本社ビルとショールームであり、設計は国際コンペで勝利を掴み取った坂 茂によるものである。

©︎Harunobu Hagiyama 写真提供=坂茂建築設計

 この建築の最大の特徴は何と言っても1階の開放的な空間と、そこに並んだ7つのガラスのショーケースである。

 通常、道路に面した商業ビルを建てるとき、集客力を高めるため、1階にできるだけ面積の広い売り場や目立つショーケースを設けることが計画上の定石となっている。これは近くに建っているファストファッションのビルを見れば一目瞭然である。

 ところが《NGHC》ではそんな定石は無視され、それどころか、中央通りから裏の通りへ通り抜けることができる「抜け道」が作り出されている。

写真提供=アイ・トラベル・スクエア

 

立体公園のような「スウォッチ通り」

 スウォッチグループジャパンはこの抜け道を「アベニュー・ドゥ・タン(時の道)」と名付けたが、私は敢えて「スウォッチ通り」と呼びたいと思う。

 このスウォッチ通りの壁面は緑で埋め尽くされ、滝も流れており、まるで立体公園のようだ。

《NGHC》では、この「スウォッチ通り」のある1層目を含め、四層ごとに大きな吹き抜けの空間となっており、それをガラスのシャッターで覆っている。これが開けられるとそこはもはや屋外である。

 実は私はこの巻き上げられる様子、すなわち「スウォッチ通り」が出現する瞬間が見たくて、用もないのに《NGHC》のオープン前に店頭に行ったことがある。シャッターなので当然なのだが、巻き上げられて格納されている様子を改めて見るとやっぱり驚かされる。

©︎Hiroyuki Hirai 写真提供=坂茂建築設計
 
写真提供=アイ・トラベル・スクエア

 そしてもう1つの特徴である「スウォッチ通り」に建ち並ぶガラスのショーケース、実はコンペでの要求を無視して提案された奇策である。

 コンペの要項ではスウォッチグループの8つのブランド(最終的には7つになった)それぞれのショールームをつくるということが条件であった。しかし間口14m、奥行き33mという狭い敷地において要求通りに作ると、メインの銀座通りに面するのは一店舗のみとなってしまい、他の店舗は2階や3階、あるいは地下や奥に位置することとなり、商業的に不公平な状況を生んでしまう。なんとか8つの店舗すべてを通りに面させることができないか・・・。

 そこで考えだされたのが、各ブランドのショールームを「スウォッチ通り」に並べてしまうというなんとも大胆なアイディア。

 しかも、このガラス張りのショールーム(トランスポーター)は油圧式のエレベーターになっていて、ボタンを押すことで、自動的に各ブティックのフロアまで運んでくれる。それはまさしく、『サンダーバード』の発進シーンが如く、ドキドキ、ワクワク感が止まらない。

 ブティックの面積が64平方メートルから140平方メートルしかないのに、7つものエレベーターを設けてしまうなんて、普通の企業なら「無駄」の一言で片付けてしまいそうだが、《NGHC》ではコンペ要項違反に目をつむってまで、坂氏の大胆かつ画期的な発想を採用した。私はその英断に拍手である。

写真提供=アイ・トラベル・スクエア

 坂氏曰く、この《NGHC》の設計テーマの1つが「銀座にないもの」と「銀座らしいもの」を取り入れることだったそうだ。前者が公園やオープンスペースのような緑のあるリラックスできる場所ということことになり、後者が大通りから一本道を入ると、細い通りに小さな店が軒を連ねているような街の構成ということになろうか。

《NGHC》そして「スウォッチ通り」はまさしく坂 茂が作り出した、私たちの五感に訴える銀座の新しい散策路なのだ。

写真提供=アイ・トラベル・スクエア

 実は今回敢えて書かなかったが、《NGHC》にはとっておきの仕掛けがある。それはまさしく『サンダーバード』の「秘密基地」のようで、それはもうドキドキ・ワクワク感が止まらない。これは是非みなさんに直接来店して確かめて欲しいと思う。もしできるのならば、車で訪れてもらうと、なお一層楽しめるのでオススメである。「ファーイブ、フォー、スリー・・・」というカウントダウン、そしてあのテーマソングが頭の中に鳴り響くに違いない。ちなみに私は臆面もなく、「タッタカタァー♪タカタッタカー♪」と毎回大きく口ずさんでいる。