文=三村 大介

《Dior表参道》

透明感のある、白く柔和な外観

 お気に入りの白いシャツ。デート用におろして、いざ出陣。食事も美味しく、会話もはずんでイイ感じ。なのに、そんな日に限って、パスタのソースがシャツに飛んでしまってあら大変。急いでトイレに駆け込み、ハンカチ濡らして頑張ってみるものの、シミはうすっら残って消えずじまい。さっきまでのウキウキはどこかに消え失せ、気分はブルー、すっかり意気消沈・・・。

 さてどうだろう、このような経験、おそらく私だけではないと思うのだが。近頃では洗濯技術も進化して、どんなシミでも簡単に落とせるようになったようだが、大失敗に終わったデートの記憶はそう簡単に落とせない。

 さて、今回紹介する建築は、まさしく純白のドレスをまとった淑女が如く、表参道に凛と立つ《Dior表参道》。設計は妹島和世と西沢立衛による建築家ユニットSANAA。この建築の最大の魅力は、なんと言ってもこの透明感のある、白く柔和な外観である。

 この美しい外装はガラスとアクリルによる二重構成になっているのだが、内側のアクリルはドレープ状になっている。Dior側からの「ブランドイメージを建築的に実現してほしい」というリクエストに対して、SANAAはこのアイディアによって「クラシカルでありながらも現代的であり、エレガントでフェミニンな感じ」を醸し出す建築を見事に作り上げた。

《Dior表参道》のアクリルスクリーン

 柔らかく全体を包み込み、風になびくシルクのカーテンのようなこのアクリルスクリーンは、山状の石膏で型取りした三次元曲面となっていて、しかも白いストライプが印刷されている。これは照明を当てたときに光が柔らかく反射するよう半透明にするためである。

夜になるとわかりやすい

 さらに、これらは全て扉になっていて開閉することができる。それはガラスのメンテナンスとアクリルのクリーニングを目的としているのはもちろんだが、SANAAが「中と外が完全に断絶された密室空間ではなくて、都市に、つまり中から外に何となく連続していくような開放性の高い建築物をつくりたい」という考えを反映させたものでもある。

 

ビルによくあるアレが無い理由

 そして、SANAAのアイディアによって生まれた《Dior表参道》の装いをより一層、麗しくしているのは、通常の建築物の正面に付いているものが「消されている」からである。意識しないと気づかないかもしれないが、指摘すると誰もがあっ!と驚く。そう、この《Dior表参道》のガラスのファサードには「網」と「赤い三角形のマーク」が無いのである。

《Dior表参道》には右のビルのような赤い三角マークがないのがわかる

 これらをごく簡単に言うと、「ガラスの網」すなわち「網入りガラス」は、火事が火もとから別の建物にまで燃え広がらないようにするために必要とされる性能のひとつであり、また、「赤い三角形のマーク」は火事などの時に、消防隊が中に入るための出入口を示す「非常用進入口」のマークで、ある一定の規模、条件下における建築は、必ず設置しなければならない。

 つまり、これらは建築基準法で定められている防災・防火上の重要な建築の仕様なので、通常であれば、ガラスは網入りにして、窓に赤い三角マークをペタッと貼って、ハイこれでOK!とするのが一般的な方法。

 しかし《Dior表参道》ではそうはいかない。「網入りガラス」や「赤い三角形のマーク」は、まさしくドレスに付いてしまった汚れやシミでしかない。そこでSANAAは純白を守るべく手を打った。彼らは「網入りガラス」や「赤い三角形のマーク」を無くすために、ドレンチャーと呼ばれる消火用の噴水ノズルや非常用エレベーターを設置することで、規制をクリアさせたのだ。これらの設備は通常、この規模の建築では費用などから考え、設置することは滅多に無いのだが、そこはDior。さすが世界的ハイブランド、太っ腹である。

 

ラッキナンバーは偶然か?必然か?

 そんなDior、「建物全体を広告塔としての役割を果たすため、高さ30mの4階建て」という条件も出したそうだ。普通の建物であれば、1つの階は4m程度なので、30mであれば地上7階建もいけるので、なんとも贅沢なリクエストにも思えるのだが、SANAAはこの要望に対し、一見居室のように見える階高の高い設備スペースを天井裏に設け、全部で8層(下から1層、2層、4層、6層目が売り場、下から3層、5層、7層目が設備スペース、最上層は屋上)のファサードとなるような構成で応えた。このランダムな積層デザインによって、ともそれば単調で大味な印象になってしまう「純白のドレス」に、小気味良さや軽快感を加え、より一層スタイリッシュな印象を与えている。

《Dior表参道》

 ちなみに、迷信深かったクリスチャン・ディオールのラッキーアイテムは「スター」、ラッキーナンバーは「8」だったそうだ。確かに《Dior表参道》の最上層には大きな「スター」が燦然と輝いている。とすると、この建築が「8」層になったのは、果たして偶然? それともSANAAによる必然だろうか?

《Dior表参道》の最上層にあるスター

《Dior表参道》は日中はもちろん、夜になると計算され尽くした照明効果によって、その麗しさが一段と際立つ。さてそれでは、今宵はその光り輝く「純白の淑女」と「スター」を鑑賞しつつ、新しい勝負服でも探しに行こうか? とは言え、どんなに用心していても、なぜか必ずシミを作ってしまう摩訶不思議な私にはDiorなんてもったいないので、店内も愛でるだけになってしまいそうだが・・・。

《Dior表参道》Kakidai, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons