世界的に有名な建築家による設計、貴重な歴史的建造物、ブランドの名に恥じぬフラッグシップビルなど、東京に数多くある素敵な建築物を建築家の三村大介さんがご案内。ちょっとした知識や見方が身に付けば、建築物の価値がガラリと変わる、身近にある建築を見るのがずっと楽しくなる連載です。ご期待ください。

文=三村 大介

国立西洋美術館 外観 ※2022年春(予定)まで全館休館 Ⓒ国立西洋美術館

約100年前にもたらされた建築の大変革

 早いもので、これまであたりまえと思っていた習慣や常識が通用しない生活環境になって1年以上となる。マスクや消毒は必需品、ステイホームでテレワーク、会食は避けてデリバリー、余暇はソーシャルディスタンスでバーベキュー・・・未知のウィルスは私たちにニューノーマルと言われる新しい価値観への変換をもたらした。

 日々の過ごし方、人との関わり方が大きく変容してしまったことは、必然的にも、建築にも大きな影響を及ぼしている。換気設備の拡充、スイッチ類の非接触化と言った技術的な革新から、オフィスの縮小、地方移住やワーケーションと言った職住環境の見直しなど、変化の例は枚挙にいとまがない。

 歴史上、感染症が社会や生活の有り様を大きく変えたのは、もちろんこれが初めてではない。その中でも、100年ほど前、世界中でパンデミックを引き起こした結核やコレラ、インフルエンザ、これらは建築や街に、現在にも通じる大きな変革をもたらした。それは『近代建築(モダニズム建築)運動』と言われる。

 

『近代建築運動』とル・コルビュジエ

 一般的に『近代建築運動』は、20世紀初頭、産業革命以降の工業化やライフスタイルの多様化を背景として、過去の様式建築からの呪縛を解き放ち、鉄やコンクリート、ガラスを用いた「機能性」や「合理性」を重視した新しい建築を創ろうとするムーブメントと解説されるが、実はその根底に、「感染症を予防する清潔で健康的な建築と都市を創る」という大きな理念が含まれている。

 この『近代建築運動』に最も大きな影響力を及ぼした建築家がみなさんもご存知であろう、ル・コルビュジエである。彼の提唱した〈ピロティ〉〈屋上庭園〉〈自由な平面〉〈自由な立面〉〈水平連続窓〉という「新しい建築の5つの要点」は、西洋の伝統的な組積造、木造小屋組建築に対抗する革新的な理念であり、まさしくその後の「近代建築の五原則」となった。

サヴォア邸。ル・コルビュジエが設計したフランス、パリ郊外にある近代建築住宅。

 しかし、これらを「様式からの解放」や機能性」「合理性」だけでなく、「感染症対策」という観点で見直してみると、通気や換気を良くするために、不要な壁や建具を無くすることができる〈自由な平面〉、効率よく、そして最大限に日光や風を取り入るための〈自由な立面〉と〈水平連続窓〉、また、〈ピロティ〉は菌の繁殖する地表からの分離するために、〈屋上庭園〉は日光浴や宅内で運動するためにと解釈することができる。

 更に加えるならば、『モダニズム建築』の特徴である白い外壁は、菌に汚染されていない清潔感や潔白の象徴であるし、モダニズムの建築家達がデザインしたシンプルな鉄パイプの家具は、埃が溜まりにくくするため、また、掃除の際、家具を移動しやすいようにするためと見ることができる。

サヴォア邸の内観とインテリア。

 

日本で唯一のル・コルビュジエの建築作品

 今、街を見渡すと、どこもかしこも『モダニズム建築』であふれている。まさに、20世紀の「ニューノーマル」な建築を確立したル・コルビュジエ。そんな彼の近代建築運動への多大なる貢献度が評価され、2016年、彼の7カ国に渡る17作品が世界文化遺産として登録された。そのうちの1つが《国立西洋美術館》である。

国立西洋美術館 外観 Ⓒ国立西洋美術館

 周りの木々に溶け込むような淡い緑の箱と、それを持ち上げ、支えるような打放しコンクリートの列柱。上野公園の入り口近くに凛として建っているこの《国立西洋美術館》は、ル・コルビュジエ72歳と晩年の作品となる。しかし、実のところ、彼自身は建設予定地の視察としてただ一度来日しただけで、完成したこの作品を見ていない(ちなみに、実際の設計、監理は彼の弟子である前川國男、坂倉準三、吉阪隆正の3人が担当している)。

国立西洋美術館 空撮 Ⓒ国立西洋美術館

 この建築では、彼の提唱した「近代建築の五原則」をいくつか垣間見ることができ(屋上は現在は非公開)、また、外観のプロポーションの美しさや外壁パネルの割り付けの小気味良さは、彼の考案した「モデュロール」という人体寸法と黄金比を基にした寸法体系によってなせる技である。

モデュロール

 また、渦巻きのように螺旋状に展示室を増やしていくことができる「無限発展美術館」というコンセプトや、スロープなどを多用して来館者の動きとともに変化する「建築的プロムナード」と呼ばれる内部空間など、ル・コルビュジエの画期的なアイディアをいくつも堪能できる。

国立西洋美術館 19世紀ホール Ⓒ国立西洋美術館

 今私たちは「21世紀のニューノーマル」における建築の、そして都市のあり方を模索し始めたばかりである。果たして巨匠ル・コルビュジエだったら現況をどう捉え、どのような考えを提示するだろうか?そんなことを妄想しつつ、私は今なお、自宅のリビングの脇にある小さな作業スペースで、テレワーク続行中である。