文=松原孝臣 撮影=積紫乃

リスペクトを大切にしたい

「滑走屋」の特色の一つに、スケーターたちが織り成すフォーメーションがあった。高橋大輔が鈴木ゆまに依頼した理由の中にも、鈴木が主宰する「東京パノラマシアター」の『青い鳥~7つの大罪~』を観たときの、集団が個々の動きをしつつも決してぶつからないで踊りを展開していくシーンがあった。

 鈴木は言う。

「滑走って、ダンスよりもさらに図形的だと思うんですね。ダンスはけっこういびつな動きができるんですけれど、滑走は滑り出すとわりと曲線だったり直線だったりするじゃないですか。それをいかすために、皆さんの動きを整理してある程度形づけた方がうまくいくんじゃないかなと思って、図形をリンクの中に描いていきました。ただ、構図をあらかじめ作ったというわけではありません」

 ではどのように構図は形作られたのか。

「ストーリー性のお話と関連すると思うんですけれど、『CRY ME A RIVER』で言うなら、海原や濁流を作るためにはどういう構図でいったらそう見えるのかというように1曲1曲のストーリー性を明確に作ると、ここで必要な立ち位置は何か、人間関係の分かるフォーメーションは何かが見えてくる。だから構図を作ったというよりはいつの間にか構図になっていたという感じです」

 複雑なフォーメーションや今まで見られなかったような振り付けが「滑走屋」を今までにないアイスショーとして特徴づけていたが、その中にはスケーターが他のスケーターと組んで踊る場面もあった。公演には、国内外の大会で実績を持ちアイスショーも経験してきた「メインスケーター」と、学生を中心とする「アンサンブルスケーター」が出演した。その中にはアイスショーが初めてのスケーターも少なくはなかったことを考えれば、ハードルは決して低くはない。

「まず、人と踊ることも初めての選手が多かったですし、ふだんより暗い照明だったと思うんですね。でも、世界観や振り付けを伝えている中で、照明や振り付けの理由付けをきちんと話していたので、難しいことだったけれど一生懸命乗り越えようとしてくれました。

 福岡のリンクに入ってから、みんな客観的にひいた位置でリンクを、照明を見る機会があったんですけど、なるほどこういう空間なんだ、こういう照明の中で滑るんだって彼らが一つ一つ感動してくれて、大変だけどやってみたいという前向きな気持ちをみんなが持ち寄って挑戦してくれて出来上がったのだと思います」

 終始穏やかに、楽しそうに振り返る。ただ、その内容の濃密さからすれば常に順調だったというわけではないだろう。

 ジャンルを問わず、中心的立場にいる人が思うように進まず苛立ちを見せることは珍しくない。でも、公開練習をはじめ、諸所で感じられたのはそれとは無縁の雰囲気だった。

「たぶん、私自分のカンパニーで振り付けしているときはもうちょっと感情的かもしれません。それはたぶんダンスだからです。自分がダンサーだから、ダンサーに対してはこうやってよ、なんでやらないのってアクティブに働きかけることがあります。でも私はスケーターじゃないし、スケートはできないし、そこの距離感を大切にしたい、リスペクトを大切にしたいと思っていたんですね。振り付けのときも『こうして』という言い方をなるべくしないようにして、『これこれこうでこういう風にできますか。可能ですか』というスタンスを心がけました。だから感情的になったりいらいらする理由がないんですね。

 構成をがらっと変えたいときもあって、福岡に入ってからの本番中、ラストの『Do it』を変えました。みんなが最後に出てくる前、もう一つ早く出てきてみんなで一周してからそれぞれの立ち位置につくところですけれど、みんなと一体感を共有してからそれぞれの場所、それぞれの人生に向かっていった方がもう一段階上に行くと思ってそうしたいと思いました。だけどスケーターではないのでスピード感や距離感は分からないから『1回先に集まることはできますか』という言い方をするわけです」