文=松原孝臣 撮影=積紫乃

観客動員に対する懸念

 昨シーズン、しばしばフィギュアスケート関係者から聞かされた話がある。アイスショーなどの観客動員に対する懸念だ。

 フィギュアスケートには競技として行われる大会に加え、ショーとして行われる公演がある。それがアイスショーだ。競技から退いたプロスケーターに加え、現役の選手も参加する。演じられるプログラムはアイスショー用のものであったり、現役選手なら大会で用いる作品を披露したりする。スケーターの集団による滑りも見られる。

 この十数年、アイスショーはさまざま開催され、チケットを発売すれば即日、あるいは速やかに売り切れることも珍しくない人気を誇った。だがここに来て、空席が目立つアイスショーもあり、チケットの売れ行き速度も鈍る傾向にあるという。公演を打てばただちに満員になるのが当たり前という状況から変化している感があるのは否めない。

 アイスショーについて考えるとき、思い浮かぶ一人の人物がいる。町田樹である。競技者として活躍したのちプロスケーターとして他と一線を画す独創性を発揮。また研究者として着実に地歩を固め、今春、國學院大學人間開発学部健康体育学科准教授に昇任した。

 これまでもフィギュアスケートにまつわるさまざまなテーマについて深い洞察を示してきた町田は、現状をどのように捉えているのか。課題はどこにあるのか。向かうべき方向は——フィギュアスケートを多角的な視点からみつめてきた知見を知るべく、訪ねた。

 

アイスショーはインフレ時代に突入

「私は今、『プリンスアイスワールド』(以降、PIWと略記)の公式アンバサダーを務めていて、裏方でショーのマネジメントを手伝っています」

 町田は言う。日本のアイスショーの草分けとして知られるのがPIWだ。スケーターを多数雇用し、カンパニー形式であることも特色だ。

「PIWは今年度が45周年、あと5年経てば半世紀というアニバーサリーを迎える日本で最も伝統あるアイスショーです。ただし、PIWも決して安泰というわけではなく、さまざまな企業努力を行わなければならない時代に入ってきています。その中でどう永続的かつ安定的にショーを運営していけるかを考えて、現在PIWはリブランドに取り組んでいます。ショーのマネジメントに関する戦略を考える上で私自身、試みに2023年度のアイスショー一覧を出して調べてみました」

 取り出した表には多くのアイスショーが記載されている。

「とても多いですね。毎週末アイスショーがどこかで開かれているような状況なわけです。加えて10年前と比べると軒並み20〜30%ほどチケット価格が上昇し、急激なインフレを起こしています」

 実際、多くのアイスショーでは、チケット代の値上げが続いてきた。

「いま、日本全体がインフレ時代に突入していますが、アイスショーの価格の上昇率は非常に高いために、観客の負担がかなり増していっています。一般の方々にとってアイスショーは価格弾力性が高い——価格の変動が需要に大きく影響する——サービスだと推測できるため、この顧客層の需要は落ちているのではないでしょうか。ゆえに、現在のアイスショーは主に複数回鑑賞する熱烈なスケートファンの方々によって支えられていると考えられますが、チケット代が高騰しているためにリピーターとしてチケットを購入することが難しい状態と言えるでしょう」

 例えばPIWを例にすれば、開催期間中のある1公演だけではなく、何回も通うファンの人がいる。チケットが高くなれば、通う回数分、金銭的な負担が増えることになる。

「公演を打っても打っても満員御礼という状況であればいいのかもしれませんが、残念ながら現在は全てのショーがそういう状況というわけではありません。市場原理からして、出し過ぎたものは蛇口の栓を閉めて供給量を減らすということをしないと需給のバランスがとれません。まさにアイスショー産業はそのような必要性に迫られていると、私自身は感じています。本来ならアイスショーの各ブランドが一堂に会してどう戦略を立てていくのか、産業全体を総合的に統括するような観点や仕組みがあってしかるべきだと思います」

 全体の公演数の増加、チケット代の高騰などがあいまって、懸念が生まれる今日があると分析する。