文=松原孝臣 撮影=積紫乃

どうやったらお客さんに楽しんでもらえるか

 いつも観客席を沸かせる。愛称は「スタァ」。大島光翔はみせたいという意欲にあふれる演技を披露する。

 でも大島は言う。

「みせる意識が出てきたのはここ最近です」

 独自の存在感とともに氷上に立つスケーターの、今日に至る過程をたどりたい。

 

 初めて氷の上に乗ったのは2歳の頃だという。父に連れられてのことだった。その父であり現在もコーチである大島淳氏はNHK杯出場など活躍、プロスケーターとして「プリンスアイスワールド」などで長年活躍したことで知られる。

「遊びではなく、本格的にやりたいと思ったのは小学2年生のときでした。4年生からノービスの全国大会がある中で、父親に『ちゃんとやるならやりなさい、やらないなら違うことをやってもいい』と質問をされたのがきっかけです。やれとは一回も言われたことはないと思います」

 全国大会では早々に結果を残した。

「小学生の頃は全日本ノービスでも3番にならせてもらったり、比較的全国の上位に食い込むような成績を収めることができて、本当に戦えていましたし、楽しい一心でやってましたね。そのあとはやっぱりまだまだ上にいることに気づかされて、中学、高校はけっこうつまずいたシーズンが多かったです」

 当時を振り返りながら、こう語る。

「僕だけじゃなくどの選手も成長期で、急にジャンプが跳べるようになったり、急にスケーティングが上手になったり、そういう選手がほんとうに毎シーズン現れる中で、去年までこの子に勝ててたのに今年は勝てなかったとか落ち込む部分もありました」

 でも、と続ける。

「それよりも、ずっと小さい頃から同じ仲間でスケートの試合も合宿もしてきたので、負けたくないという気持ちだったり高め合う部分が多かったと思います。ネガティブな気持ちというより常に前を向いて、上を向いてという感じで練習していました」

 その成果が表れたのは2020-2021シーズンだ。 全日本ジュニア選手権で5位となり、全日本選手権にも初めて出ることができた。

「結果を出せた理由は、明確には思いつかないですけど、成長期があって身長も一気に伸びて力がついたので、ジャンプも跳べるようになったのかな、と思います。あのシーズンは、また全国の上の方を目指したい、上位で戦っていきたいって思ったきっかけのシーズンだったなと思います」

 さらに意識を変化させたのはあるプログラムにあった。

「(佐藤)操先生に初めて振り付けしてもらったプログラム、(2021-2022、2022-2023シーズンのショートプログラム)MIYAVIの『Real?』です。今までやろうと思ったことのなかったジャンルで、衣装も奇抜なものにチャレンジしました。そうしたらほんとうに自分の世界が広がったというか、なんでもできるなっていう表現の可能性を感じて、そこからどうやったらお客さんに楽しんでもらえるか、そういうことを自分なりに考えるようになりました」

 その変化をより具体的に説明する。

「僕は父親を見て育ちました。父親が明るくて周りにみせるスケーターだったので、何も考えず必然的に自分からそこに寄せていった部分はあると思います。お客さんのことを考えるより自分が一番楽しんで滑るということだけしか考えていなかったと思います」