文=松原孝臣 撮影=積紫乃
「スケートで返すことしかできない」
思い描いていた理想を打ち砕いた怪我は容易に癒えない。
「もう続けられないのかな」
三原舞依がそんな思いに駆られるのも無理はなかった。
「元気になるとまだまだやりたいことがあると思って、でも状態がよくないときは、続けられないかもしれないと思って、その差も苦しかったなと思います」
でも、そこから再び、前を向いた。上を向いた。
「応援してくださる方々、友達や親戚、おばあちゃんに『舞依ちゃんの演技を見て元気をもらっている』と言っていただいたりお手紙をくださる方もいて、そういう方々にお返ししたいというのがいちばん私の中では強くて。私はスケートで返すことしかできないので、このまま終わってしまうと何もお返しできていないままですし、スケートをしてきた十数年間の自分に、『このまま終わっていいの?』という思いもあったり。演技で100%以上のものを出し切る、そこが私のお返しできる場所かなと思いますし、それを達成することによって人生も進んでいくと思うので、まだあきらめられない、と思いました」
その言葉にはスケートへの思いと感謝の心が強く込められていた。
三原はいつも、周囲のサポートや応援に対する感謝の言葉を述べ、それが力になっていると語る。
「先生方から小さな頃から数えきれないくらいいろいろなことを教わって、日々教えてくださって、ほんとうに先生方のおかげです。応援してくださる方への思いは年々強くなっていて、私のスケートをいつも見てくださったり、応援したいと思ってくださることが、私にとってはほんとうにお一人お一人に深くお礼を言いたいくらい大切で、うれしくて。スケート人生をかけて一生かけてお返ししていけたらなという思いです」
応援をまっすぐに受け止め、強く感じることができるのはなぜなのか。
「小さい頃から体も弱くて痛めているところがたくさんあったり、それこそ病気になってスケートができない、スケートから離れてしまう時期がすごく長かった時期もありました。そのときお手紙くださる方々がいて、入院しているときは友達や先生方もお見舞いに来てくださった。すごく辛くて、1人で病室にいるときに『元気?』って言ってくれた瞬間は今でもはっきり覚えています。支えになっていて、それがなかったら私は今ここにいられるか分からないし、スケートを続けられなかったかもしれません。スケートと過ごせる日々をくださったのは応援してくださる皆さんのおかげです」
四大陸選手権に出場する。出発の2日前、ショートプログラムを昨シーズン使用した『戦場のメリークリスマス』に変える決断をする。
「『戦場のメリークリスマス』を振り付けていただいたデイビッド(・ウイルソン)さんとお話したときに、『今までに辛いことがたくさんあって、そこから何回も這い上がって這い上がってきた強さを僕は知ってるから、それをプログラムで、舞依のスケート人生として表現してほしい』と言っていただきました。今の状態と重なるなって思ったので、思い切って決めました。
四大陸選手権では、滑っていた当時の思いを振り返りながら、振り付けしている瞬間も振り返りながら楽しんで滑ることができました。私にとって大切な意味が込められたプログラムを、もう一度這い上がるところを自分の中でしっかり受け止めてて滑り切ることができたと思います」