「権力の儚さ」を実感する日がやってくる

 もう一度思い起こしていただきたい。1月の施政方針演説で首相は、

〈国民一人一人の幸福実現を可能にする、人中心の国づくりを進め、すべての人が幸せを実感できる、人を財産として尊重する「人財尊重社会」を築いていく必要があります〉

 と、人材活用の重要性に触れ、目指すべき姿として掲げたのは「楽しい日本」だった。

〈「楽しい日本」を実現するための政策の核心は、「地方創生2.0」です。これを「令和の日本列島改造」として強力に進めます〉

 田中角栄の日本列島改造の発想をベースにした国づくり戦略の中で、すべての人が幸福を実感できる「人財尊重社会」を築いていくという理想論を展開したのである。

 ここまでは良かった。ところが、先の衆院予算委での高額療養費制度見直し問題を巡る首相のかたくななまでの見直し姿勢には愕然とした国民も多いのではないか。「常に弱い人、恵まれない人のためを思って政治をやってきた」師匠の政治路線とは180度異なる。今回の10万円商品券にしても、違法性の否定にこだわるばかりで、事の本質が分かっていない。

 参院予算委でこの問題を追及された首相は、「高額なお土産というよりも、本当に苦労された方々に私は食事を差し上げることもできませんので、もしできたらばハンカチでも買ってねと、お菓子で買ってね、という思いだった」と答えたが、ハンカチやお菓子で10万円はあり得ないし、額の問題でもないのだ。

 しかも気持ちを手渡すのならば、本人が会合の最後に渡すべきもの。懇談会開催前に秘書が各議員の事務所に配るなんてこと自体がおかしい。公の場では表に出すことができないものという認識があったのではないか。

 岸田前首相も政務官に商品券を配布していたことが発覚したが、だからといって石破首相の行為が免罪されるわけではない。自民党のコンプライアンスの欠如は明確で、岸田氏も石破首相も同様に責任を取るべきである。

【表】共同通信社

 残念ながら、石破首相には田中角栄元首相の「最後の弟子」としてのセンスも力量もなさそうだ。首相の自著『保守政治家』(倉重篤郎編/講談社)には、田中派のクーデターともいうべき「創政会」結成後、病に倒れた角栄のもとにはほとんど人が訪れなくなり閑散としていた様子が描かれ、平家物語の一節を引きながら〈権力というのはかくも儚いものなのか、ということを実感したものでした〉とつづっている。

 その儚さを石破首相自身が実感する日はいつになるのだろうか。

商品券配布を巡り、石破首相への追及が相次いだ参院予算委(2025年3月17日)商品券配布を巡り、石破首相への追及が相次いだ参院予算委(2025年3月17日、写真:共同通信社)

【山田 稔(やまだ・みのる)】
ジャーナリスト。1960年長野県生まれ。日刊ゲンダイ編集部長、広告局次長を経て独立。編集工房レーヴ代表。主に経済、社会、地方関連記事を執筆している。著書は『驚きの日本一が「ふるさと」にあった』『分煙社会のススメ。』など。最新刊に『60歳からの山と温泉』がある。東洋経済オンラインアワード2021ソーシャルインパクト賞受賞。