政府与党政策懇談会を終え、首相官邸を出る日本維新の会の吉村洋文代表(左)と藤田文武共同代表=2025年12月25日、首相官邸(写真:共同通信社)
(大井 赤亥:政治学者)
多党化、ポピュリズムが席巻した2025年
2025年の政治を象徴した言葉といえば、政治の「地殻変動」であろう。
すなわち、800万人の塊でこれまでの政治構図を支えた「団塊の世代」から、その子どもや孫にあたる現役世代や若年世代への世代交代、いわば日本の有権者のボリュームゾーンの入れ替わりである。
それに伴い、業界団体や労働組合など旧来の支持基盤に軸足をおく「既存政党」は地盤沈下し、既存の政治ではすくいとれなかった有権者層の要求が否応なく押し出され、政党政治は「多党化」やポピュリズムの波に洗われている。
ここにあって、眼前の変化を掴む言葉がまだない。
自民党はもはやかつての「国民政党」ではなく、立憲民主党はもとより「階級政党」ではない。「保守」も「革新」も、「リベラル」も「新自由主義」も、日本政治を特徴づけてきた既存のラベルがすべて時代遅れになり、現状を括り出す言葉を誰も見つけられていないでいる。日本社会の未知なる胎動に戦慄すら感じる一年であった。
政権交代を絶えざる「既得権交代」とすれば、政治には今、有権者の新しい利害を掴み、それを適切に政治に反映させる仕組みが求められている。
そのような観点から、自民と維新の「連立」によって生じた眼前の政権の性格を論じてみたい。
橋下維新の「改革魂」
維新の創設者である橋下徹『政権奪取論』(朝日新書、2018年)には、橋下氏が維新に込めた「改革」のエッセンスが詰まっている。
これまで日本の少なからぬ自治体では、首長は自民系≒建設業界と、野党系≒労働組合の双方と円満に協調し、首長選ではすべての主要会派が現職に相乗りする「オール与党体制」が生じてきた。その結果、いくつかの地方議会はダイナミズムを失い、旧態依然の沼のような馴れあいも生じてきた。
国政も似たような面があり、積年の保守一党支配の下、自民党が業界団体の利害を代表し、野党の求める労組の要望も予算に滑り込ませながら、国対政治を通じて双方の手打ちがなされてきた。既存の大政党は規制や保護を通じて事業者との依存関係を作り上げてきたのであり、与野党ともその構造を維持することが政治の目的になってきた。
しかし、橋下氏によれば、自民党の支持層のうち業界団体はすでに半分に満たなくなり、もはやそれだけでは国民全体への利益配分はなされない。民主党系野党にとっても、労組の組織率は年々下がっており、正規と非正規など雇用の多様化が進んで「労働」の一体性は崩れている。
その結果、すでに「日本の有権者の約7割は、昔ながらの業界団体と官僚と政治という『鉄のトライアングル』や組合の政治運動システムに入っていない人たち」(橋下徹)なのである。
そこにあって維新が提起した「改革」は、国と地方とを問わず、「オール与党体制」による利益配分構造を「既得権」とし、その回路に入れない人々の政治的欲求をたしかに汲みとってきたといえる。
野党は無党派層のニーズを大胆に可視化させて新しい政治を開拓すべきというメッセージは、維新に対する好悪の感情を括弧にいれて、これからの政治への本質的な問題提起であろう。