日本銀行は「名刀鍛冶」になれるか
だからこそ、実質の政策金利の大幅マイナスという、現時点ではグローバルにも稀な状況の是正は急がれてはいない。そして、上述のような2025年の不確実性の下にあっては、再び金融緩和方向に舵を切る前に、インフレ期待は2%にアンカーできたとの確証が得られない可能性もある。
そうした中で、たとえ再び非伝統的な金融緩和策が採られるようなことになった場合でも、2%のインフレ目標実現の確証が得られるまで、金融緩和の度合いを一切緩めるべきでないという主張もまた正しいようには思えない。
金融政策とは本来、景気の循環に沿って、反循環的に動くマクロ安定化政策である。景気の拡大期には引き締め方向に、後退期には緩和方向に、経済の状況に合わせて動くのが本来の金融政策である。
現在でも、インフレ期待が2%にアンカーされたかどうかはっきりしないのに、何故、政策金利を引き上げるのかという議論が聞かれる。しかし、金融の緩和環境が今後ずっと変わらないとの期待の形成は、結局、経済構造の新陳代謝を遅らせる。自律的に生き残ることが難しいビジネスモデルであっても、金融が緩和されれば、その分、企業経営が楽になるからだ。
今回の日本銀行の総括的レビューでは、2013年以降の大規模な金融緩和が経済の供給サイドに与えた影響については、プラスとマイナスがあって、どちらかは明確に結論付けられないという結論になっている。
しかし、2013年の時点ですでに日本経済の新陳代謝は停滞していた。そうであるが故に、潜在成長率はその時点で大きく低下していたのである。
その新陳代謝が停滞した背後には、景気循環に沿った金融環境の変化が著しく乏しくなってしまったこともあったのではないか。経済の構造も、刀を打つのと同じで、冷まし、熱するという循環がないと強靭にならない。
もちろん、日本経済には様々な環境変化がかつてより速いスピードで起こってきたのであるから、1980年代までのような景気の振幅にはならないだろう。それでも、景気の循環に沿って、事後的にしか分からない中立金利を挟んで、政策金利が上下するというのが経済のダイナミズムであることには変わりない。
2025年の金融政策がどうなるか。現時点で予想することは難しい。しかし、悲観、楽観のどちらの展開になったとしても、日本銀行は、「名刀鍛冶」として日本経済の構造を新しい環境にフィットしたものへと変え、マクロ経済を安定化させてほしい。
新しい1年が、多くの人にとって良い1年となりますように。
神津 多可思(こうづ・たかし)公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。