意次が培った自由な空気が蔦谷重三郎を育んだ

 コミュニケーションが不得手な人ほど、周囲をよく見ていたりするものだ。頭角を現し始めた意次の才を、家重はしっかりと見抜いていたようだ。

 次期将軍の家治は、そんな父・家重の遺言を守って意次を重用。意次はその才をいかんなく発揮し、経済改革を次々と打ち出して商業を発展させた。

 意次が生んだ自由な空気の中で江戸文化が花開く中、出版人として台頭したのが、今回の大河ドラマ『べらぼう』の主人公、蔦屋重三郎である。

 本稿で背景を書いてきたように、意次自身もまた将軍・家重に抜てきされて、成り上がってきた立場だ。才ある若者である重三郎をどのようにバックアップするのか。また、重三郎は出版人として、どんなアイデアを実現するのだろうか。今から楽しみである。

 そして、意次が失脚して松平定信が老中になると、重三郎のビジネスは大きな危機を迎えることになる。重三郎の前に立ちはだかったのは、定信による「寛政の改革」だ。政治の風刺を行う出版物を出していた重三郎は、財産に応じた罰金刑が処されることとなる。

 重三郎はどう盛り返していくのか。田沼時代とどれだけ状況が変わったかも気になるところである。

 ドラマでは、重三郎が「江戸のメディア王」として名をはせるプロセスを、じっくりと見ていくことにしよう。

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 本連載「真山知幸の大河ドラマ解剖」では、『どうする家康』『光る君へ』に続き、今回の『べらぼう』でも、大河ドラマをより楽しめるような解説を行っていきます。1年間、お付き合いいただければ、うれしく思います。(真山)

【参考文献】
安藤精一他『徳川吉宗のすべて』(新人物往来社)
後藤一朗『田沼意次 その虚実』(清水書院)
館林市史編さん委員会編『近世館林の歴史』(館林市)
藤田覚『田沼意次 御不審を蒙ること、身に覚えなし』(ミネルヴァ書房)
鈴木俊幸『蔦屋重三郎』(平凡社新書)
鈴木俊幸監修『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(平凡社)
倉本初夫『探訪・蔦屋重三郎 天明文化をリードした出版人』(れんが書房新社)
真山知幸『なにかと人間くさい徳川将軍』(彩図社)

【真山知幸(まやま・ともゆき)】
著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。