日本でもブームは起きるか?
岩波:実は今年4月に、イギリスの小児科医であるヒラリー・キャス医師がNHS(国民医療制度)からの依頼でまとめた「キャス報告書」というレポートが発表されました。これは、NHSがキャス医師などと委員会を作って「10代の性転換衝動に対していかに向き合うべきか」「どんな治療が必要か」など調査・協議した結果をまとめたものです。結論を言うと、この本とほとんど同じことが書かれています。
今ようやく見直しが始まってきたのだと思います。アメリカは州単位で対応が分かれるところですが、大学によっては、性転換に関する手術は控える方向性を発表するところも出てきました。
「キャス報告書」には、子どもに対してホルモン療法、乳房切除手術や陰茎切除手術などを行うことは好ましくないと書かれています。これからは、アメリカでも、こうした医療処置を行う際には「医学的な分析をきちんとしてから」という流れになっていくと思います。
──昨今のアメリカのトランスジェンダー・ブームは、一時的な熱狂が生み出す一種の錯覚のように思われます。そうなると「トランスジェンダー全般が錯覚なのではないか」などとも思わず想像してしまう人もいるかもしれません。
岩波:トランスジェンダーの方々は確実に存在しています。
一つの事実としては、「自閉スペクトラム症」の患者の中にトランスジェンダーの方がとても多いことが明らかになっています。我々の病院にも多数のトランスジェンダーの方が来られます。
このようにトランスジェンダーの存在を疑うことはありません。ただ、この本に書かれている、欧米でこの10年ほど起きているトランスジェンダー・ブームは全く異質のものです。
──この本は貴重な問題提起をしていますよね?

岩波:それは間違いありません。ただ、「ここまで行くまでになぜ止められなかったのか」というのが素直な感想です。「アメリカの精神医学会は何をしてきたのか」とむしろ驚かされます。先ほどの「偽の記憶事件」などもそうですが、アメリカという国はぶれ過ぎることがあります。行くところまでいかないと、誤りに気が付かないようです。
──行き過ぎた精神医学が考えを改め始めたということですか?
岩波:これは精神医療の問題もある一方、主に心理、カウンセリングの世界の問題と考えるべきものです。同時にメディアの影響も大きいと思います。マスメディアの方が面白いと感じたキーワードが広く取り上げられて普及する。アメリカの場合はそこに、巨大な心理カウンセリング業界が乗っかるので、より大事になってしまうということです。
──この本はアメリカで起きている10代の少女たちのトランスジェンダー・ブームについて書かれていますが、日本でも、類似の現象は見られるのでしょうか?
岩波:結論から言えば、おそらく、日本ではこのようなブームは起こらないでしょう。少なくとも、現時点では起きていません。
この本を読んでいただけると分かると思いますが、ブームの当事者たちは、誘導されてそうなっている面があります。学校の先生、人権団体、心理療法家などがその人の望むジェンダーの形を積極的に肯定する。そのような、性転換を不用意に促す構図は、少なくても今のところ日本にはありません。
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長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。



