ミラノ・コルティナ五輪男子デュアルモーグルで銀メダルを獲得した堀島行真選手(2月15日、写真:松尾/アフロスポーツ)
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 2月12日に行われたミラノ・コルティナ五輪、フリースタイルスキー男子モーグル決勝に「物言い」がついているのは、広く報道され、ご存じの方も多いかと思います。

 物議をかもしているのは、前回北京五輪で銅メダルの堀島行真選手(28=トヨタ自動車)が「第2エア」で高難度の大技「コークスクリュー1440」を成功させる圧巻のパフォーマンスを披露、83.44点を叩き出したのに、採点の結果、合算値でライバルを下回り、最終的に第3位となった点です。

 堀島選手に続いて滑走したミカエル・キングズベリー選手(カナダ)と、クーパー・ウッズ選手(オーストラリア)は堀島選手のように勝負にはでず、大技を決めない無難な滑りながら、ともに83.71点と堀島を上回り、最終的にウッズ選手が金、キングズベリー選手が銀、堀島選手は銅。

 直後からネット上では「疑惑の採点」といった非難が巻き起こりますが、同時に出てきたのが「AI採点待望論」です。

 モーグル競技は「ターン(60%)」「エア(20%)」「スピード(20%)」の3要素で採点(100点満点)され、コブを正確に滑るターン技術の重視割合が顕著な採点基準になっています。

 7人(または5人)の審判が採点し、合算結果で評価が確定。堀島選手は「エア」で前人未踏の技を繰り出しましたが「ターン」の採点でキングズベリー、ウッズ両選手に及ばないとされました。

 でもこれが、仮に機械的なシステムが実施する「AI採点」であれば、審判員の「主観」が入った採点を是正できるので、公平な判定が下せるはず――といった論旨が「AI待望論」です。

 しかし、私たち情報技術の専門の観点からは、そう単純な話ではないことが、実は明らかです。

 今回は、報道メディアを含め、なかなか定着しないAIのいろはを、このケースを例に検討してみましょう。

 日本が世界をリードする「AI採点」

 こうした話題の過去の事例として、2023年の今頃、物議をかもした群馬大学医学部必修「演劇」授業での「大量留年」が挙げられるでしょう。

 この問題でスケープゴートにされかけた服部健司先生(群馬大学名誉教授)と私は、研究で交流させていただいています。

 実に穏当かつ思慮深い、立派な方で、ただただ頭が下がります。翻って、ネット上に噴出した匿名書き込みの数々は、今見返しても無責任かつ考えのないものばかりで、日本の医療の今後を憂うばかりです。

 この時、私が指摘したのは「臨床医療コミュニケーション」の初歩を医学生たちが学ぶに際しての「AIを用いた自動採点」の有効性です。

 自動車の免許更新などでも、適性検査など、主観が混じらない客観評価が用いられます。

 それと同様に客観測定だけで評価を下せば、AI相手に裁判を起こすだの何だのと言う駄々はこねられず、しっかりした医療人材育成ができるだろう、という狙いです。

 さて、大学の研究室というのは社会に技術が普及するより10~20年ほど先んじているものです。これは企業が製品化するのに時間がかかるということでもあります。

 私がネット環境でメールやチャットを常用し始めたのはまだ冷戦末期の1988年、物理学生時代のことでした。

 IT革命だ何だがと言われ始めた1995年より8年前、システムに慣れていたことで99年からは情報部署の教授に着任する縁となりました。

 医療コミュニケーションで応用が期待されている「マーカーレス・モーションキャプチャー」(人体に反射マーカーやセンサーをつけることなく映像技術だけで人間の動きを3次元的に捉える)技術も2000年代に飛躍を見せます。

 私が指揮の師匠、ピエール・ブーレーズ氏とこの技術を用いて身体運動のデータ化を始めたのは2005年のことでした。

 次いで2012年以降、パターン認識AIによる運動画像解析が進み、特に米カーネギーメロン大学で開発された「オープン・ポーズ (Open pose)」 は一時代を画するものでした。

 我々研究室が音楽演奏に関する身体運動の実測評価「スペクトラル・コンダクティング」のプロジェクトを始めた2017年、日本のIT企業の雄、富士通は世界に先駆けて、国際体操連盟FIGと協働でスポーツ競技の採点支援システム「JSS=Judging Support System」を開発し始めました。

 2019年の世界選手権(ドイツ・シュトゥットガルト)であん馬、つり輪、男子跳馬、女子跳馬の4種目に初めて導入、次いで2020(実際には21年)の東京五輪から、夏のオリンピック競技を中心にAI採点システムは採用が拡大し始めたところです。

 ただ、冬季大会は夏季に後れをとっているのが現状のようです。

 実は富士通の商用システム化に先立って、カーネギーメロン大学のアプローチよりはるかに本質的な運動競技の評価システムが日本のアカデミアでは独自に開発されていました。

 中村仁彦先生(東京大学名誉教授)の、人体を構成する多数の筋肉レベルからの運動シミュレーション研究です。

 中村先生には私自身、ミュンヘン工科大学との協業で、様々なご指導をいただき、心から感謝しています。

 そんな具合で、単なる商業利用だけでなく、日本は運動の本質にさかのぼる研究で、世界の身体運動解析~アスリートの競技採点システムで全世界を牽引してきました。

 とはいえ、AI採点が進めばそれでよし、ということにはなりません。