ダークマターの崩壊による近赤外線生成

殷:観測手法はある程度、確立されています。1つは、銀河系背景光や宇宙赤外線背景光の非等方性の解析です。

 ハッブル宇宙望遠鏡などで、宇宙のあらゆる方向から届いている光を長時間観測、データ取得しています。このデータを見ると、角度によって光の強さが微妙に異なる場合があります。

 光は、遠い場所で遠い昔に発せられたものです。私たちが観測している光は、過去のものです。これまでの研究から、どこにどのような光が観測できるのかは、理論的にある程度、計算可能です。つまり、ある特定の角度で強い光が観測された場合、他に強い光を発する場所を予測できるということです。

 ただ、実際に観測データが理論に当てはまるのかというと、そうではありません。

 一方で、過去の銀河の中で、ダークマターが稀に光子(近赤外線)に崩壊するとしたら、光の強弱の観測と理論のずれは、ダークマターの崩壊によって発せられる近赤外線を観測している可能性が指摘されています。

 崩壊して近赤外線を発するダークマターはeV質量領域でなければなりません。確固たるエビデンスではありませんが、ダークマターがeV質量領域である観測的ヒントが指摘されています。

 また、ガンマ線のスペクトルが、テラeVより上の特定の領域で極めて低くなることが知られています。

 この理由として、宇宙に存在している宇宙赤外線背景光が、現在考えられている量よりも多い可能性が考えられています。遠くのブレーザー(※)からやってくるガンマ線が、テラeVより上の質量領域で、近赤外線と対消滅して電子と陽電子をつくることがあります。

※超巨大ブラックホールを持つ銀河。活動銀河の一種であり、中心に存在しているブラックホールに物質が落ち込むときに、光速に近い粒子のジェットが外に放出される。

 この近赤外線がどこからやってきているのかという謎があります。1つの可能性として、ダークマターの稀な崩壊による近赤外線ではないかと考えられます。

 ダークマターがeV質量領域であれば、崩壊により近赤外線をつくる可能性があり、このテラeVのガンマ線のスペクトルの謎を説明できるのです。(続く)

殷文(イン・ブン)
東京都立大学大学院理学研究科准教授
2010年 東北大学理学部物理学科卒業。2015年 東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了(理学博士)。中国科学院博士研究員、東京大学博士研究員、東北大学助教などを経て、2024年4月より現職。素粒子理論、宇宙論、天文学の方面で多角的に、ダークマターを中心とした研究を行っている。

関 瑶子(せき・ようこ)
早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了。素材メーカーの研究開発部門・営業企画部門、市場調査会社、外資系コンサルティング会社を経て独立。YouTubeチャンネル「著者が語る」の運営に参画中。