スーパーコンピューターで作成されたダークマターの分布(写真:Science Photo Library/アフロ) スーパーコンピューターで作成されたダークマターの分布(写真:Science Photo Library/アフロ)

 昨今の急激な技術発展をもってしても、自然界のすべてを人間は把握しきれていない。そんな未知のものの代表例として、ダークマターが挙げられる。ダークマターとは何か、何がわかっていて何が分かっていないのか、ダークマターの何を知れば何がわかるのか──。殷文氏(東京都立大学大学院理学研究科准教授)に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

──現時点で、ダークマターについては何がわかっているのでしょうか。

殷文氏(以下、殷):ダークマターは、今から90年ほど前にその存在が示唆された物質ですが、その正体はいまだによくわかっていません。

 ダークマターについて話す際には、まず「正体」の定義をはっきりさせる必要があります。

 原子の正体はある程度わかっています。ミクロに見ていくと、原子は核子と電子からできていることがわかります。さらに細かくみると、核子は陽子と中性子によって構成されています。陽子と中性子は、さらにクオークと呼ばれる素粒子に分割できますが、電子はそれ以上分解できません。

 電子のように「これ以上分割できない物質」を素粒子と呼びます。素粒子は、質量や相互作用の種類、スピン(素粒子の「自転」のような性質)の3つの固有の性質を持ちます。これらの素粒子の性質が、物理法則の本質的な役割を果たしていることが知られています。

 例えば、電磁波を量子化した光子は、質量ゼロ、スピン1、ゲージ相互作用(強い相互作用、弱い相互作用、電磁相互作用の3つの相互作用の総称)という性質を持つことが知られています。この3つの情報さえあれば、電磁気や光に関するすべてを導くことができます。

 つまり、「正体」とは、質量、スピン、相互作用という3つの「固有の性質」のことだと言えます。3つの固有の性質が明らかになったということこそが、正体が明らかになったと同義であると考えられます。

 ダークマターについては、いくつかのヒントはあるものの、質量もスピンも相互作用もまだ確実に明らかになっていません。

 ダークマターでわかっていることと言うと、宇宙のエネルギーの約27%を占めている、目では見えない、手では触れない、電磁相互作用をしないなどが挙げられます。

 また、ダークマターは銀河の形成に深く関係しています。

 宇宙初期に、ダークマターの密度の揺らぎが重力によって成長していき、ダークマターハローと呼ばれる構造が宇宙のいたるところに形成されました。

 ダークマターハロー同士が合体して成長していく過程で、ダークマターハロー内でガスの冷却と収縮が起こり、星が次々に誕生し、銀河が形成されたと考えられています。

 銀河の形成には長い時間が必要です。つまり、それに関わるダークマターの寿命も長くなければいけません。加えて、ダークマターは運動速度が遅い「冷たい」素粒子であることも予言されています。運動速度が速すぎると、宇宙のあちらこちらにダークマターが散らかってしまい、銀河を形成できないためです。

 電荷を持たず、寿命が長く、冷たい素粒子は現時点では見つかっていません。したがって、ダークマターは未知の物質であると認識されています。