eVダークマター仮説とは?
──昨今では、eVダークマター仮説というものも耳にします。
殷:eVダークマター仮説は、ダークマターの質量がeVオーダーであるとする考え方です。私はこの可能性に着目しています。この候補として、アクシオンやホットダークマターが挙げられています。
アクシオンを巡る理論の中に、ALP(Axion Like Particle)ミラクルと呼ばれるシナリオがあります。これは、ダークマターとしてのアクシオンが、宇宙の始まりであるインフレーションを引き起こす素粒子(インフラトン)であるとする仮説です。
インフレーションによって、宇宙空間が指数関数的に膨張していったということは、理論的にも実験的にもほぼ確定しています。けれども、インフラトンの存在はまだ明らかになっていません。
ALPミラクルでは、ダークマターとインフラトンの正体が1つのアクシオンであるとすることで、2つの謎を一緒に解くことが可能となります。
この仮説を成立させる理論では、さまざまな条件をクリアしなければなりません。条件をクリアするためには、ダークマターであり、インフラトンでもあるアクシオンの質量がeV程度におさまっている必要があります。アクシオンがeV質量領域のときに、ALPミラクルが成立します。
また、インフレーションが起こった後、宇宙をほとんど均一な熱いスープのような状態にするためには、エネルギーを与える必要があります。簡単に説明すると、初期段階で粒子が光子に崩壊して着火するようなプロセスがなければなりません。
その際、光子が2つ結合している粒子が、ダークマターでありインフラトンでもあるアクシオンであると仮定すると、いろいろと辻褄が合います。
また、先ほどホットダークマターの説明で、ホットダークマターがeV質量領域であるというお話をしました。40年ほど前までは、多くの研究者がダークマターの質量はeVオーダーだと考えていました。これを「eV仮説」と言います。
ホットダークマターのeV仮説は、一度は棄却されました。けれども、最近になってホットダークマターと同じような理論の枠組みで、ダークマターが冷たくなることが明らかになりました。
つまり、ALPミラクルのダークマターと、冷たくなるホットダークマターはeV質量領域です。このように、ダークマターの質量領域がeVオーダーであるということが理論的に示唆されています。
──ダークマターがeV質量領域であるという、観測的なエビデンスはありますか。