
昨今注目されている新しい学問に「バイオインフォマティクス」がある。その名の通り、「生物学(バイオロジー)」と「情報科学(インフォマティクス)」を掛け合わせた学問である。
2024年に若手のバイオインフォマティシャン・西村瑠佳氏(東京大学医科学研究所 特任研究員)は、縄文人のウンコの化石(糞石)由来の古代DNAから、縄文人の腸内に存在したと思われるウイルスのゲノム配列を見出すことに成功した。
バイオインフォマティクスとは具体的にどのような学問なのか、糞石を分析する意義とは何か、今後の展望とは──。西村氏に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
──バイオインフォマティクスは、具体的に何をどのように調べる学問なのですか。
西村瑠佳氏(以下、西村): バイオインフォマティクスは、生命のもつさまざまな情報をコンピュータによって解析し、背後にある生命現象を明らかにする学問です。その研究対象は、ゲノム(※)解析からタンパク質の構造解析を基にした治療薬の開発や解析技術の開発、遺伝子ネットワークのシミュレーションなど多岐にわたります。
※生物が持つ全ての遺伝情報で、DNAの全塩基配列。DNAはデオキシリボースとリン酸、塩基が結合してできており、塩基の種類はアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類がある。この4種類の塩基の組み合わせを情報科学的に解析することで、生物の特徴や進化過程が調べられる。
バイオインフォマティクスの中でも、私は古代DNAを用いたゲノム解析に取り組んでいます。
──西村さんは、これまで縄文人の糞石や歯髄(※)由来の古代DNAから、縄文人の体内に存在していたと思われるウイルスのゲノム配列を明らかにしてきました。このような研究は、バイオインフォマティクスのゲノム解析の分野では、どのような位置づけになるのでしょうか。
※歯の中にある神経組織で、歯に栄養と酸素を供給する役割を持つ。
西村:古代人の化石人骨や糞石には、DNAが残存していることがあります。ゲノム配列は、ある生物が持つDNAの全情報です。古代DNAを分析することで、ゲノム配列を復元できます。
今回の研究は、バイオインフォマティクスのゲノム解析研究の中でも、特にヒトに関連した古代DNAを扱っています。古代DNAの先行研究では、古代人のDNAそのものにフォーカスしたものが多くみられます。
最近では、ネアンデルタール人を含むホモ属の古代人由来の古代DNAの分析によって、彼らの肌や髪の色を推測したり、過去の集団構造や現代人集団との関係性を明らかにしたり、という試みがなされています。
それに対し、私の研究ではヒト由来のDNAを排除して、ヒトの体内に存在していたと思われるウイルスのDNAに着目している点で、ユニークなものだと思います。


──縄文人の糞石には、どのようなウイルスの存在が認められたのですか。