古代人由来のウイルスを研究する意義とは
──西村さんは、縄文人の歯髄から得られた古代DNAを用い、そこに含まれるウイルスのゲノム配列を決定したという論文を2020年に発表しています。
西村:これもまた、ヒトそのものではなく、ヒトの体内に存在していたと考えられるウイルスに着目した研究です。
以前から、古代人の歯髄や歯石、歯垢が化石化したものの分析により、特定の細菌に感染するファージの存在が示唆されていました。けれども、そのゲノムのファージ全長を調べるという研究はされていませんでした。
2020年に発表した論文では、現代人のヒトの口腔内にも常在しているウイルスと近縁にあると思われるCT89(Siphovirus contig89)というウイルスをほぼ完全な配列で復元することに成功しました。これが、この研究の大きなインパクトの1つです。
さらに、東アジア集団由来の遺骨のDNAからウイルスのゲノム配列を決定したという事例がほとんどありませんでした。その未知の領域にアプローチできたという点でも、この論文は注目を集めました。
──古代人の糞石や遺骨のDNAからウイルスのゲノム配列を決定していくことで、古代人がどのような病気にかかっていたのかを明らかにできるのでしょうか。
西村:現時点の私の研究では、ヒトに病原性をもたらすウイルスは見つかっていません。
糞石の解析では、メタゲノム解析という手法を用いました。メタゲノム解析は、特定の環境サンプル中のすべての遺伝物質を直接解析する手法です。
保存状態の良い古代人由来の遺骨から得られたDNAをメタゲノム解析し、現代で病気を引き起こしているウイルスや細菌とマッチングさせることは可能です。他に、先にターゲットとするウイルスや細菌を決めて、そのゲノム配列と一致するDNAを遺骨から探す手法もあります。
それにより、古代人がどのような細菌やウイルスに感染していたのかという点は、今後明らかになってくると思っています。
──古代人由来のウイルスのゲノム配列を決定していく研究には、どのような意義があるのですか。
西村:まず、古代の検体からヒトに感染するウイルスを調べていくということで、古代にどのようなウイルスがどのように分布していたのかが明らかになります。これらの古代ウイルスの中には、現代には存在しない絶滅したウイルスも含まれると考えられます。
その知見を応用して、今後のウイルスの動態を予測することも将来的に可能になるでしょう。
それに加えて、私のような古代のウイルスを調べる研究では、古代のウイルスから現代のファージまでの進化を知ることができます。例えば、古代から現代までに、特定のウイルスのゲノム配列の変化を調べ、特徴的なタンパク質の遺伝子に着目すれば、それがどういう進化の選択圧を受けたのか理解できます。
それにより、ウイルスが長期的にどのように進化したのか、その進化のスピードがどの程度かを推測することも可能になります。その知見を応用すれば、ウイルスが今後どのようなスピードでどのように進化するのかという予測を立てることもできるようになるでしょう、その予測に応じた予防策の策定にも、役に立つのではないかと思います。