糞石のDNA解析で明らかになること
西村:先行研究では、化石人骨のDNAから決定したゲノム配列の中に、B型肝炎ウイルスや天然痘ウイルスと類似したゲノム配列が見出されています。
B型肝炎ウイルスは1万年以上前の検体からも検出されています。現在でも存在しているようなウイルスと類縁、もしくは祖先のウイルスがかなり昔から存在していた可能性を示唆するもので、ウイルスの進化という観点から非常に興味深い研究だと思います。
──縄文人の糞石に存在しているウイルスと、現代人の糞便に存在しているウイルスには、どのような違いがあるのでしょうか。
西村:先ほどお話ししたように、今回の研究で使用した検体では、DNAがかなり断片化されており、縄文人と現代人の腸内ウイルスの違いを指摘するまでには至りませんでした。
より良い保存状態の糞石をDNA解析すれば、縄文人と現代人の腸内ウイルスから、腸内環境の違いまで指摘できるのではないかと考えています。
──今後、糞石のDNAを解析していくことで、いつの時代のどの地域で、ヒトが何を食べていたのかが明らかになっていく可能性はありますか。
西村:確実に明らかになっていくでしょう。
肉食動物の糞石には、食べた動物に由来する骨が残っていることがあります。また、草食動物でも、糞石に食べた植物の花粉や穀物の殻が含まれることがわかっています。
ヒトの糞石の内容物に加え、古代DNA情報をつぶさに見ていけば、いつ、どこで、ヒトの生活様式が狩猟採集から農耕牧畜に変化していったのかという文化人類学的なことも、より詳細に明らかになってくると思います。
先行研究では、北米の遺跡から出土した1000年ほど前の糞石に含まれる微生物の古代DNA解析を行い、現代の工業化地域に住むヒトと非工業化地域に暮らすヒトの腸内細菌との違いを調べたものもあります。
それによると、1000年ほど前の北米のヒトの腸内細菌叢(※)は、どちらかと言うと現代の非工業化地域に住むヒトのそれと似ているそうです。
※腸内細菌の集まり。俗にいう腸内フローラ。
このように糞石に含まれる古代DNAの解析により、食べたものに由来する腸内ウイルスや腸内細菌の変化を知ることができるのです。
ただ、古代DNA研究は、遺骨や遺物を発掘調査・提供してくださる考古学者の皆さんがいるからこそ成り立っている研究です。バイオインフォマティシャンだけで、できるようなものではありません。古代DNA研究を推進していくためにも、今後も学際的な取り組みが必要だと感じています。