なぜ正体を突き止めることが難しいのか?

──なぜダークマターの正体を突き止めることは、それほどまでに難しいのでしょうか。

殷:例えば、私たちは電子の正体を知っています。これは、電子が電荷を持っている(電磁相互作用する)ためです。これらの相互作用を通じて、電子と他の物質とのエネルギーのやり取りなどを計算できます。それにより、電子の質量や電荷、スピンを知ることができます。

 けれども、ダークマターは電磁相互作用を持ちません。重力相互作用があることはわかっていますが、それ以外の相互作用がないため、ダークマターを調べる手法には限りがあります。

 アインシュタインの一般相対論によると、重力相互作用は時間と空間の歪みに起因するものであり、あらゆる物質に必ず備わるものです。つまり、ダークマターは「物質」であること以外、何もわかっていないのです。

 近しい例として、月を考えてみましょう。月は地球の周りを公転しています。月の重力により、地球では潮の満ち引きが起きます。私たちが月を認識できていて、その組成なども良く理解できているのは、月が太陽の光を反射したり、月面のサンプルをとれたりするからです。

 では、月が電磁相互作用しないという思考実験をしてみましょう。潮の満ち引きは重力の効果ですので、それ自体は変わりません。けれども、月が電磁相互作用しなければ、太陽の光を反射しませんし、月に着陸する際に相互作用する「足場」もなければ、サンプルもとれません。

 そうした世界では、どうして潮の満ち引きが起きるかを理解するのは難しいですし、月は丸いのか、一つなのか、複数なのか、自転はしているのか、組成は何かを理解するのは極めて困難だと思います。これが、ダークマターの正体を突き止めることが困難な主な理由です。

 なお、重力相互作用により、ダークマター全体のエネルギーと質量はわかっています。ただ、重力の性質上、ダークマター1個の質量を明らかにはできません。