スーパーコンピューターで作成されたダークマターの分布(写真:Science Photo Library/アフロ)スーパーコンピューターで作成されたダークマターの分布(写真:Science Photo Library/アフロ)

「わずか4時間で寿命下限の世界最高感度更新! 高分散赤外線分光技術によるダークマター探索実験に成功」というプレスリリースが東京都立大学から発表されたのは、2025年2月14日のことである。

【研究発表】わずか4時間で寿命下限の世界最高感度更新! 高分散赤外線分光技術によるダークマター探索実験に成功(東京都立大学)

 ダークマターがeV質量領域であると仮定したときの、その寿命の下限値を世界最高感度で与えたというものだ。具体的に、どのような観測を行い、どのようなデータが得られたのか。今後の展望とは何か──。インタビュー前編に続き、殷文氏(東京都立大学大学院理学研究科准教授)に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

──「eVダークマター仮説」を立証するためには、何を調べる必要があるのですか。

殷文氏(以下、殷):前編「正体が分かっていないダークマター、どこまで分かっていて何が謎なのかを最新研究で紐解く」でお話ししましたが、eV質量領域のダークマター(以下、eVダークマター)は稀に近赤外線(光子)に崩壊します。

 また、ダークマターは見えない、触れない。けれども、宇宙の至るところに存在しています。

 そこで、宇宙に存在する近赤外線を探れば、eVダークマターにたどり着けるのではないかと考えました。けれども、近赤外線はさまざまなところから発せられています。太陽は膨大な赤外線を発していますし、大気による輻射もあります。

 では、夜に近赤外線を観測すればいいではないかと思うかもしれません。でも、夜は夜で惑星間塵が太陽光を散乱させるため(黄道光)、近赤外線はゼロになることがありません。つまり、観測でeVダークマターの崩壊により生じる近赤外線を捉えるには、黄道光や大気の輻射などを上回る精度での観測が求められます。

 一般的に、光は連続的なスペクトラムです。けれども、eVダークマターが崩壊するときに発せられる近赤外線は、輝線(単色光)で、そのスペクトラムの幅は非常に狭いことが予言されています。

 したがって、まずは宇宙から届くさまざまな光を分光して、近赤外線領域の光を取り出さなければなりません。

 こうして、波長分解能が高い分光器が必要になるという考えに至りました。今回の観測では、チリ共和国のラス・カンパナス観測所のマゼラン望遠鏡に取り付けられているWINERED(ワインレッド)という近赤外線高分散分光器を使用しました。

チリ共和国のラス・カンパナス観測所のマゼラン望遠鏡に取り付けられている近赤外線高分散分光器「WINERED(ワインレッド)」(写真:京都産業大学神山宇宙科学研究所)

──WINEREDの特徴について教えてください。