WINEREDで用いてどのような観測をしたのか?

殷:WINEREDは、900nmから1350nmの領域の光に対して高い波長分解能(それぞれの波長で28000分の1の波長(エネルギー)の差を見分けられる)を有しています。開発は東京大学大学院や京都産業大学と関連企業が行い、2022年から運用が始まりました。

 波長分解能に加えて、WINEREDは速度分解能も優れており、おおよそ秒速10kmの光源の運動を検出できます。

 また、WINEREDは最大50%の透過率を誇ります。これは同じ波長帯で同じ程度の分光能を有する分光器と比較すると2倍以上の値で、世界トップクラスの精度です。

 eVダークマターの崩壊により発せられる近赤外線の波長は、WINEREDが得意とする900nmから1350nmの波長帯内に収まります。

──今回の観測では、WINEREDを用いてどのような観測をしたのでしょうか。

殷:矮小楕円体銀河と呼ばれる比較的コンパクトで暗い銀河を観測しました。

 矮小楕円体銀河には、ダークマターがたくさん存在していると考えられており、その速度は銀河の中心に対し、おおよそ秒速10kmと考えられています。これもWINEREDの速度分解能内に収まっています。

 今回は、2つの矮小楕円体銀河(Leo VおよびTucana II)の中心付近を「object-sky-object nodding(オブジェクト・スカイ・オブジェクト・ノッディング)法」と呼ばれる手法で観測しました。

 この観測手法は、まずはオブジェクトを観測して、次にオブジェクトでないところを観測し、またオブジェクトを観測するというものです。今回のオブジェクトは、矮小楕円体銀河です。

 オブジェクトでない、すなわち矮小楕円体銀河でない場所には、ダークマターはほとんど存在しません。そこを観測したとしても、「ダークマターに起因する光」を含まない光のデータしか得られません。

 次に、オブジェクトを観測すると、「ダークマターに起因する光」も含んだ光のデータが得られます。ここで、ダークマターがeV質量領域であると仮定すると、「ダークマターに起因する光」はeVダークマターが崩壊したときに発せられる近赤外線となります。

 オブジェクトを観測したときのデータから、オブジェクトでないところから得られたデータを差し引けば、eVダークマター由来の近赤外線のデータが得られるということです。