効率的な手法だった近赤外分光器による観測

殷:まず、近赤外分光器を用いた観測により、eVダークマターの寿命の下限値を示すことができること、さらにはダークマター発見につながる可能性があることが指摘されました。

 また、今回の実験では、eVダークマターの寿命の下限値を世界におけるさまざまな既存実験による下限値を上回る結果を得ましたが、その算出に必要なデータを、わずか4時間で得ることができました。近赤外分光器を用いたダークマター観測実験でeVダークマターの探索を行う上で、非常に効率的な手法だと言えます。

 ちなみに、たった4時間で、10^(25-26)秒という非常に長い寿命の下限を与えられるのは、矮小楕円体銀河に極めて多くのダークマターが存在していて、それらが確率的事象により崩壊することで大きな数の違いを生んでいるためです。

 もちろん、短い観測時間から、先行研究よりも寿命に対する強い下限を得られたのは、WINEREDの性能、object-sky-object nodding法、ドップラー解析、観測における工夫など、さまざまな要素にも起因しています。

 さらに、近赤外分光技術によって、素粒子物理、宇宙物理、天文学の大きな課題であるダークマターの正体に近付けることが示唆されました。今後は、近赤外分光によって得られた観測データと理論を組み合わせ、ダークマターの正体解明に向けた議論が相乗効果で深まっていくことが期待されます。

──今後、実験で実現したい夢や目標がありましたら教えてください。

殷:もちろん、ダークマターを発見したいです。ただ、その前に解決しなければならない課題がたくさんあります。

 まず、今回の観測では、特定の波長帯でノイズを上回るピークが検出されました。これらのピークは現時点では正体不明ですが、ダークマターに関連する何かである可能性も否定できません。追加の観測や解析を重ねて、正体を明らかにしていきたいと考えています。

 また、今回の観測ではWINEREDでの観測を4時間行いましたが、より精度の高いデータを得るには、観測時間を長くすることが求められます。ただ、WINEREDはさまざまな国のさまざまな研究チームが順番に使用しているため、長時間占有することはできません。

 そこで、現在、ダークマター観測に特化した近赤外分光器を開発できないか、共同研究者と試行錯誤しているところです。

殷文(イン・ブン)
東京都立大学大学院理学研究科准教授
2010年 東北大学理学部物理学科卒業。2015年 東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了(理学博士)。中国科学院博士研究員、東京大学博士研究員、東北大学助教などを経て、2024年4月より現職。素粒子理論、宇宙論、天文学の方面で多角的に、ダークマターを中心とした研究を行っている。

関 瑶子(せき・ようこ)
早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了。素材メーカーの研究開発部門・営業企画部門、市場調査会社、外資系コンサルティング会社を経て独立。YouTubeチャンネル「著者が語る」の運営に参画中。