今回の観測で明らかになったこと
殷:矮小楕円体銀河中で、eVダークマターは銀河の中心に対しておおよそ秒速10kmの速度で運動しています。それに対し、銀河自体は秒速100kmオーダーで移動しています。地球に対して相対的な運動をしているため、矮小楕円体銀河から届く光はドップラー効果によって波長が長くなったり、短くなったりしているということが言えます。
今回観測した2つの矮小楕円体銀河は地球に対して異なる速度、異なる方向で運動しています。つまり、2つの矮小楕円体銀河から観測される光の波長には、有意なずれが生じます。矮小楕円体銀河の速度は既知ですので、補正を加えてもともとの波長を算出することが可能です。
eVダークマター由来の光があった場合、補正によって得られるその光のスペクトラムは、2つの矮小楕円体銀河由来であっても重なるはずです。一方で、地球周辺の大気による輻射などのシグナルではない背景ノイズは、地球とほぼ相対的に止まっている系によるものです。
すなわち、それぞれの2つの矮小楕円体銀河が相対的に止まっている系での補正を加えることで、地球由来の背景ノイズの波長にずれが生じます。
この「ずれ」を使えば、その光が背景事象由来なのか、eVダークマター由来なのかを見分けることができます。ドップラー効果を駆使した解析を行うために、今回は、2つの矮小楕円体銀河を観測する必要があったのです。
──今回の観測では、何が明らかになったのですか。
殷:残念ながら、ダークマターの発見にはまだ至っていません。けれども、今回の観測データを用いて、eVダークマターが近赤外線に崩壊する寿命の下限値を、従来以上に厳しく限定することができました。
WINEREDのおかげで、今回は邪魔な光、いわゆる背景ノイズをかなり小さく抑えることができました。
仮にeVダークマターの寿命がある程度短ければ、単位時間あたりによりたくさんの光を放ちます。したがって、背景ノイズを超える、より強い光を発します。今回の観測では、eVダークマター崩壊による近赤外線領域に、そのような強い光は検出されませんでした。
つまり、eVダークマター崩壊により発生する近赤外線の強さがノイズ未満であることが明らかになったのです。これにより、eVダークマターの光子への崩壊の寿命が「ある程度長い」ことを証明すると同時に、その下限値(それ以上寿命が短いと近赤外域にピークが検出される値)を示すことができました。
今回の観測では、1.8~2.7eV付近の質量をもつeVダークマターが光子2体に崩壊する場合、eVダークマターの寿命は10^(25-26)秒以上でなければならないということが観測と解析から明らかになりました。
これは、宇宙の年齢である138億年の約10^(7ー8)倍以上であり、eVダークマターの崩壊がいかに稀な現象であるのか、おわかりいただけると思います。
私は以前、このような実験において、理論的にどのような成果が得られるかを概算で見積もりましたが、今回得られた値は、その概算値とほぼ一致していました。そういう意味で、この実験は成功だったと言えます。
──今回の実験結果の意義について、改めて教えてください。