冤罪を生みかねない過去の経験

西:人間は常に熟慮して合理的な思考をしているわけではありません。人間の思考には、2つのプロセスがあると言われています。

 一つは直観で物事を考えるプロセスである「システム1」、もう一方は熟慮して物事を考えるプロセスである「システム2」です。

 歯を磨く、服を着替えるといった日常の単純な動作のほとんどは、システム1で処理されます。余分な思考をショートカットして結論を導き出しているのです。このような簡略化された思考方法を「ヒューリスティックス」と呼びます。

──なぜ、ヒューリスティックスが冤罪と結びつくのでしょうか。

西:ヒューリスティックスにはいくつかの種類があります。冤罪にかかわるヒューリスティックスとしては「利用可能性ヒューリスティックス」が挙げられます。

 これは、利用可能な情報に依存して判断をするという人間の傾向です。

 多くの警察や検察担当者は「過去にこういう事件で容疑者が有罪になった」という経験を持っています。この経験こそが利用可能な情報です。

 過去の事件と類似した事件が起こると、警察や検察は「利用可能な情報」に基づいて捜査や取り調べを行います。すると、どうしても過去の事件の経験に引きずられて新しい事件を捜査することになり、誤った見立てをする可能性があるのです。

──誤判冤罪はどのようにして起こるのでしょうか。

西:今までお話ししてきたように、バイアスやヒューリスティックスなどの心理的なメカニズムが絡んで複合的に作用した結果、誤判冤罪が生まれると考えられます。

 加えて、誤判冤罪では人間の心理的なメカニズムだけではなく、それが作用することによって収集された証拠も冤罪の形成に貢献してしまいます。誤った証拠からは、正しい結論を導き出すことはできません。

 捜査過程でひとつの誤りがどんどん他の誤りを引き起こし、雪だるま式に膨れ上がっていく危険性もあります。

 例えば、目撃証人が犯人ではない人を「犯人だ」と誤って述べてしまった場合、「目撃者もいるんだぞ」というかたちで容疑者に対して自白の強要が行われ、虚偽自白を引き出してしまうことがあります。そういうかたちで、どんどん誤った証拠が増えていきます。

 一人の間違いが、他の人の判断や認知、証拠関係に影響を及ぼしてしまう。これが、誤判冤罪が起こるメカニズムです。