仕事でも先回りしていろいろと準備してくれる人は重宝されるが…(写真:takasu/イメージマート)
親切にしたはずなのに、なぜか評価されない。むしろ距離を置かれてしまう。そんな経験はないだろうか。その原因は性格ではなく、心理メカニズムにある。そう語るのは、唐沢かおり氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)だ。
なぜ「気が利く」行為は、ときとして人を不快にさせるのか。何に気を付ければ、人を本当に喜ばせる「気が利く」行為ができるのか。『「気が利く」とはどういうことか──対人関係の心理学』(筑摩書房)を上梓した唐沢氏に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
共感と配慮は何が違うのか
──「気が利く」ということを良い人間関係につなげていくためには共感と配慮が必要だと書かれています。
唐沢:共感には、大きく分けて2種類あります。まず、相手と同じような感情を自分の中にも生じさせる感情的なもの。もう一つは「相手はこう考えているのだな」と理解するもの。相手の気持ちを推測するという点で、この2つは共感と言えるでしょう。
一方で、配慮とは、共感による相手の気持ちの理解を踏まえ、自分がどのように行動するかを考えることです。共感が気持ちの理解だとすれば、配慮は行動につながる判断のプロセスです。
相手の感情を読み違えれば、当然ながら適切な配慮もできなくなるため、両者は密接に関係しています。ただ、共感したからといって、必ずしも配慮した行動をとるとは限りません。相手の気持ちを理解した上で、あえてそれに関与しないという選択肢もあるからです。
また、共感には思わぬ副作用があります。ある人に強く共感すると、その人と対立している第三者に対して、否定的な感情を抱きやすくなるのです。共感している相手が傷つけば、「相手を傷つけた人」への反発が自然と生まれてしまいます。
これに対し、配慮にはより俯瞰的な視点が含まれます。特定の感情に振り回されることなく「この状況で何が最も望ましい対応なのか」を一段高い視点から考える姿勢です。
共感は人間関係に必要不可欠ですが、その感情の流れに身を任せるだけでは十分な配慮はできません。冷静に状況を見渡し、最適な行動を選び取る「プラスアルファ」の要素が、配慮には含まれているのです。
「不適切な配慮」が生まれる瞬間
──本書には「不適切な配慮」という言葉も登場します。
唐沢:たとえば、共感に流されて行き過ぎた支援をすれば、それはおせっかいな行為とみなされます。共感の失敗が招く不適切な配慮です。
また、「自分は人の役に立っている」「自分は気が利く人だ」という承認欲求を満たすために、他者に何らかの行為を施すことも不適切な配慮を引き起こします。
このときになされる配慮は、他者のためではなく、自分のためのものです。したがって、相手が本当に望んでいることとはかけ離れた行為をしてしまう可能性がある。そのような配慮は不適切と言わざるを得ないでしょう。