気が利きすぎると何がマズいのか?
──相手から、一度「嫌な人」という烙印を押されると、そこから挽回して「良い人」評価を得るのはなかなか難しいという話もありました。
唐沢:人は、苦手な相手に対して無意識に心のバリアを張り、距離を取ろうとします。そうなると、かける言葉や施す行為も何となくそっけないものになってしまいます。相手からは当然、冷たい反応が返ってきます。
すると、ますます「この人は冷たい人だ」という認識が強まり、距離が広がっていきます。こうした負のスパイラルが、負の関係性を固着化させていくのです。
──人間関係の負のスパイラルから抜け出すためには、どのようにすればよいのでしょうか。
唐沢:粘り強く、誠実さや伝わる行動を積み重ねていくしかないでしょう。すると、マイナス評価の進行はいずれ食い止められ、ときには好転のきっかけすら生まれます。
実際、私たちが他者に抱いている評価は変化に敏感です。もともと期待していなかった相手に、何か良いことをしてもらうと、そのギャップが強く印象に残り、評価が一気に改善することもあります。こうした心理効果が、人間関係の「好き嫌い」の逆転を生む可能性もあるのです。
──本書では「気が利きすぎること」がもたらす弊害についても言及していました。
唐沢:気遣いは、心のエネルギーを消費する行為です。やりすぎれば、本人が疲弊してしまいます。
気が利きすぎる行為をしようとするあまり、他者を優先し続けると、自分の負担や限界を無視する状態に陥ってしまいます。最悪の場合、精神的にも肉体的にも健康を損なう結果を招きかねません。
さらに、気が利きすぎる人に対しては、周囲が「あの人に頼めば何でもやってくれる」と無意識に甘えてしまうことがあります。すると、その人に負担が集中するようになる。少数の「気が利きすぎる人」が過剰に気を配り続ける構図は、健全な人間関係とは言えません。
また、他者への過度な気遣いは、相手が自分の「ニーズ」をきちんと考え、言語化する機会を奪います。
次から次へと親切な行為を受けていると想像してみてください。とても心地が良いと思います。けれども、本来、人は人間関係の中で、自分がしてほしいこと、してほしくないことを他者に言葉で表明しなければなりません。その機会を奪われれば、人はただただ与えられる親切の波にゆられて、何も考えずに生きていくことになります。
要は、過度に気が利く行為は、人をダメにしてしまうのです。