学校では欠席が少ない生徒の方が評価される(写真:graphica/イメージマート)
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 欠席を不利とみなす学校文化、代替要員の不在を当然視する職場。日本には「休んではいけない」という無言の圧力が横たわる。その根源は学校教育が子どもに刷り込んできた「休むことはマイナス」という価値観があるという。『「休むと迷惑」という呪縛 学校は休み方を教えない』(平凡社)を上梓した保坂亨氏(千葉大学名誉教授)に、日本社会が直面する「休みにくさ」の構造について、話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

統計以上に深刻な過労死・過労自殺の実態

──女性として初めて自民党総裁となった高市早苗氏が、就任後の挨拶で「ワークライフバランスという言葉を捨てます」と述べたことが話題になりました。

保坂亨氏(以下、保坂):非常に驚きました。彼女の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」という言葉が「2025ユーキャン新語・流行語大賞」で年間受賞したことも衝撃です。

 加えて、政府は長時間労働の是正よりも、労働時間規制を緩めて柔軟性を高める方向で政策の検討を進めています。高市氏の発言は、働き方改革をバックラッシュ(逆戻り)させるのではないかと、懸念しています。

──書籍では、過労死・過労自殺の深刻さは「データではわからない」と指摘されていました。現状のデータにはどのような問題があるのでしょうか。

保坂:過労死防止大綱で謳っている「過労死ゼロ」を目指すなら、まず過労死・過労自殺件数を正確に把握すべきです。ところが、日本で示されている統計データは、民間企業の「労災認定件数」だけが注目され、非常に限定的です。

 例えば、2025年中に労災申請しても、年内に労災として認められなければ、統計上はカウントされません。では、翌年の「労災認定件数」に組み込まれるかというと、そうではない。別枠で記載されるのです。年間100件超という数字は、実態よりも小さく見える構造になっています。

 さらに、国家公務員・地方公務員の過労死は「公務災害」としてまったく別に集計されています。このような、民間企業の労災と公務員の公務災害を別個に扱う仕組みは、現実に起きている過労死・過労自殺の数を過小評価するためではないかと思わずにはいられません。

 過労死・過労自殺の問題は、目の前にある数字以上に深刻だと私は感じています。

専門職を追い詰める自己研鑽

──医師や教員などの専門職では、勤務時間外の「自己研鑽」が当然視されると書かれていました。

保坂:典型的な例が、2022年に後期研修(※)の1年目の医師が長時間労働による精神障害のため、自死した事件です。

※医師免許取得後に全医師が義務づけられている2年間の臨床研修(初期研修)修了後、特定の診療領域で専門医資格の取得を目指す研修期間(3年)。

 この事件では、学会発表準備が業務なのか、労働時間外の自主的研鑽なのかが争点となりました。病院側は「自主的な学習であり労働時間ではない」と主張。2025年11月現在も、裁判は係争中です。

 医師にしても教員にしても、専門職として「一人前」になるには長い時間と研鑽が必要です。その間、労働時間外で「自主的に」勉強することが、日本では当たり前と考えられていますが、そうでしょうか。本来であれば、それを労働時間として認めるべきか否か、議論すべきだと思います。

──真面目な人ほど、苦しくなってしまう状況であるように感じられます。