なぜタクシードライバーは幽霊体験が多いのか?(写真:Paylessimages/イメージマート)
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 夜の道に立つ人影を乗せたはずのタクシー。振り返ると、後部座席には誰もいない──。日本各地に伝わる「タクシーの幽霊」は、実は睡眠障害が原因である可能性が高い。

 そう指摘するのは、古谷博和氏(脳神経内科医)だ。長年、臨床の場で多くの「幽霊を見た」という患者に寄り添ってきた経験をもとに、『幽霊の脳科学』(早川書房)を上梓した古谷氏に、幽霊を見るメカニズムや幽霊のトレンドについて、話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

──「幽霊を見た」という患者さんの中で、これまでで一番印象に残っている事例について教えてください。

古谷博和氏(以下、古谷):「家の中に幽霊が上がり込んでくる」と訴える患者さんにお会いしたことがあります。

 詳しく話を聞いてみると、自宅に複数の女性が突然上がり込んできて料理を作り始める、男性が自宅の居間で自分の葬式の準備をするなど、複数の奇妙な体験をしていました。

 さまざまな検査をしたところ、この患者さんには後頭葉の委縮が見られ、進行性後頭葉皮質萎縮症(PCA)という病態があることが明らかになりました。

 PCAでは、幻覚や視覚障害が起こりますが、その病態を引き起こす原因はアルツハイマー病やプリオン病などの神経変性疾患です。

──ほかに、人はどのような理由で、どのような幽霊を見るのでしょうか。

古谷:一番多いのは、ナルコレプシーによる入眠時幻覚でしょう。ナルコレプシーは、日中に強い眠気(強い睡眠衝動)に襲われ、本人の意思に関係なく眠ってしまうことがある神経疾患で、脳内で睡眠と覚醒を調整する仕組みに障害が起きることで発症します。

 ナルコレプシーの主な症状として、突然の眠気、金縛り、入眠時幻覚が挙げられます。金縛りを伴い、寝入りばなや睡眠中に、枕元に現れて話しかけてきたり、触ってきたりする幽霊を見る患者さんが多いです。

 カナダで行われたある調査によると、30代未満の人のおおよそ30%程度は金縛りにあったことがあり、金縛りを伴う幻覚を見たことがある人は0.1%、おおよそ1000人に1人いるとのことです。

 日本では、ナルコレプシーの有病率は欧米と比較して数倍多いと言われています。したがって、ナルコレプシーと診断がなくても、日本において幽霊を見やすい体質の人、すなわち入眠時幻覚を見やすい体質の人は数百人に1人くらいではないかと概算されます。

 数百人に1人ぐらいだと、「私の友だちの友だちが幽霊を見た」「私の友だちのお兄さんは霊感が強い」というような又聞きの体験談を多く聞くことができます。