生まれという初期条件によってもたらされる「教育格差」。ここにスポットライトを当てた京都大1年生の授業が、2024年度前期に開かれた。高校までの日常・学校生活を振り返り、そこに潜む教育格差の存在に気づくことで、京大生たちは何を学んだか。今回の議論の的は“他者の合理性”と“ラベリング”。学生たちのディスカッションを「実況中継」風に紹介する。
<第1回>なぜ、親が大卒だと子も大卒に?京大生が教育格差を考えた…「3DS買ってもらえなかった」にみる階層再生産の子育て
<第2回>「どの高校に行くか」は、実は「生まれ」が決めている…“特殊すぎる”京大生「高校あるある」から教育格差を考えた
<第3回>「学歴はあなたを守ってくれるよ」京大生が受けた進路指導での“洗脳”、成績上げた学生と違和感抱いた学生と…
<第4回>「給与がよくなる」から大学進学?大卒なら高卒の1.4倍…京大生が考えた、進路指導に金銭的利益を用いることの功罪
<第5回>「男子トイレだけ扉なし」「性教育は男女別」そこに潜む隠れたカリキュラムとは?京大生が経験した学校のジェンダー
<第6回>「一般入試で入られへんのに、ラクしやがって」京大生が激論…京大で始まる“女性枠”入試は、格差是正につながる?
(岡邊 健:京都大学大学院教育学研究科教授)
“折田先生像”に象徴される自由な校風
京都大学は、毎年出現する“折田先生像”に象徴される自由な校風で知られる。総じて、他大学に比べて「学び方の自由度」も高く、それを体現しているのがILAS(アイラス)セミナーである。
ILASは、教養教育を管轄する京大の組織名の頭文字。ILASセミナーは、新入生が所属学部の垣根を越えて受講できる少人数の授業のことで、今年度でいえば前期(4~7月)だけで約250科目が開講された。本授業「教育格差を考える」も、そのILASセミナーの一つだ。
今回と次回は、第4講(実際の授業では最終講)の模様を紹介する。第4講は、教科書『現場で使える教育社会学──教職のための「教育格差」入門』を用いて学んできた内容の振り返りの時間とした。
「高卒で飲食店に就職した男性」が持つ“合理性”
授業の実況中継に行く前に、これまでの連載で登場しなかった概念「他者の合理性」を説明しておく。実は、この授業で印象に残った概念として、これを挙げた学生が多かったのだ。
ちなみに、本授業と同じ発想で開講された東大の授業でも、「他者の合理性」に言及する学生は多かった(詳しくは『東大生、教育格差を学ぶ』参照)。
高校を卒業して飲食店に就職した男性を想像してみてほしい。
彼は多忙すぎるのを理由に、3か月で店をやめてしまった。継父や母と暮らしていた彼は、やがて家庭内のトラブルで家を飛び出し、ネットで知り合った同年齢の人と同居するようになる――。
3か月でやめるなんて根気がない。ネットで知り合った人との同居は無謀だ。そんなふうにも捉えうる。しかし、不可解な言動にも理由があると掘り下げてみれば、どうだろう。
彼はこれまでの厳しい生い立ちから、粘り強く物事に取り組むことが難しいのかもしれない。頼れる人間関係に乏しいから、ネットを通じた関係に依存せざるを得ないのかもしれない。
このように、人間の行為を当人が置かれた社会的状況と不可分なものと考え、自分とは異質に思える「他者」の「合理性」に焦点を当てることは、社会学の発想の特徴のひとつである。
では、ディスカッションの様子を紹介しよう。第4講のお題は次の通りである。