
小さなガレージで生まれたパソコンメーカーのアップルを世界的ブランドに育てたスティーブ・ジョブズ。1985年に社内対立で退職したあとNeXTやピクサーを成功に導き、1997年にアップルへ戻るとiMac、iPod、iPhoneなど革新的な製品を次々と世に送り出した。本連載では『アップルはジョブズの「いたずら」から始まった』(井口耕二著/日経BP 日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集し、周囲も驚く強烈な個性と奇抜な発想、揺るぎない情熱で世界を変えていったイノベーターの実像に迫る。
今回はアップルが初代iPodを発売し、パソコンメーカーからライフスタイル提案型のテクノロジー企業に進化する過程を紹介する。
1000曲をポケットに
アップルらしさを確立したiPod

「こんなに小さいのに1000曲も入るし、ポケットにいれて持ち歩くことができるんだ」2001年10月23日、ジョブズはこう言うと、ジーンズのポケットから真っ白に輝くiPodを取り出し大喝采を浴びた。
これをきっかけに、音楽の聴き方が一変し、音楽業界も根底から変わっていく。アップル社がコンピューターメーカーからテクノロジー企業へと変貌し、企業価値で世界一になっていく第一歩でもあった。
■ 開発中の記憶媒体を押さえる
音楽を持ち歩いて聴くというアイデアは古くからある。有名なのは、1979年に発売されたカセットテープタイプのウォークマンだろう。
デジタル時代になるとデジタルフォーマットの曲を再生できるポータブル音楽プレイヤーがいくつも登場した。だがどれもできがよくない。記憶できる曲数が十数曲と少なかったり、音楽プレイヤーに曲を転送するのが難しかったりしたのだ。
だからアップルらしい音楽プレイヤーを作れと、ジョブズは、2000年の秋ごろに言い始めた。
最大の問題は、楽曲データの保存方法だ。超小型で使い勝手のいい大容量記憶装置がまだなかったのだ。ダイナミックRAMにすれば安く作れるが、バッテリーが切れたら楽曲も消えてしまう。曲数も限られてしまう。メモリーカードを抜き差しする形ならカードさえ増やせばたくさんの曲が持ち歩けるし、楽曲が消える心配もない。だが、構造も使い方も複雑になってしまう。