ワークフォース・トランスフォーメーション&マネージド・サービス ディレクター 工藤 純子氏

 日本企業の人的資本経営にはグローバルな視点が欠落していることが少なくない──。こう指摘するのは、Vialto(ヴィアルト)パートナーズの工藤純子氏だ。特に国境を越えて勤務する「グローバルモビリティ」人材について、日本企業の取り組みの多くがオペレーション面の対応にとどまるのに対し、欧米多国籍企業はグローバルな視点からタレントマネジメントとの連携を進めているという。グローバルモビリティを組織の成長に役立てるには、どのような取り組みが必要なのか。欧米先進企業における戦略的グローバルモビリティの実態、グローバル視点での人的資本経営に資するグローバルモビリティ実現のために日本企業が目指すべき方向性について、Vialtoパートナーズの工藤氏に聞いた。

人的資本経営にグローバルな視点が抜け落ちていていないか?

 人的資本経営の考え方は、2020年に発表された「人材版伊藤レポート」を契機に広がりを見せ始めた。

「日本では古くから、『人事は経営のパートナーであれ』、あるいは『事業戦略と人材戦略は経営の両輪である』といわれてきたことから、人的資本経営の発想自体は親和性が高かったのですが、具体的に何をすればいいのかが分かりにくい側面もありました」。こう切り出したのは、Vialtoパートナーズの工藤純子氏だ。

 その後、「人材版伊藤レポート2.0」において、人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素という具体的な指針が示されたことで、経営者のマインドセットの変革が進み、KPIの設定と現状とのギャップを可視化する動きが加速したことは大いに評価できると工藤氏は続ける。

人材戦略に求められる3つの視点(3P)と5つの共通要素(5F)
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 一方で課題も残る。1つは、事業戦略と人材戦略のつながりが弱いことだ。もう1つは、多くの指標やその評価軸が日本の社員を中心に考えられていることである。

「欧米の多国籍企業はグローバルに点在する自社グループの人材を有効活用しようというマインドを持っているのに対して、日本企業は日本本社のみを対象にKPIを設定し、評価するなど、グローバルな視点が抜け落ちていることが多い」と工藤氏は指摘する。

 グローバルな事業成長のためには、人材戦略についてもグローバルの要素を反映すべきだが、多くの日本企業において、そうはなっていないのだという。

「メンバーシップ制や年功序列、終身雇用に代表されるように、日本と海外で人事の考え方や人事制度が大きく異なっていたため、日本の本社が考えるのは日本の社員のこと、現地のことは現地にお任せという状態が長く続いたことが、その理由の1つではないか」(工藤氏)

 また、日本企業において戦略的視点から見落とされがちなのが「グローバルモビリティ人材」だと工藤氏は強調する。

 グローバルモビリティ人材とは、国境をまたいで業務を遂行する人材のこと。その典型は海外派遣者で、例えば、日本の本社から海外のグループ子会社、関連会社などに出向する従業員を指す。グローバル化が進む昨今では日本に赴任してくる海外拠点のローカル採用のスタッフ、あるいは海外の関連会社から別の海外関連会社に三国間で異動する従業員などもそうだ。また、海外にいながら本社の仕事をする越境リモートワークや海外で別の第三国のローカル社員として採用されるインターナショナルローカル採用など多様なケースも増えてきた。

「一般的にグローバルモビリティ(国境をまたいだ異動・配置)は、足りないスキルやナレッジを持つ人材を現地に貸し出す『人材ローン』の側面のみで考えられがちですが、欧米多国籍企業においては『世界の各拠点に必要な人材を確保するための手段』というもう少し広いコンテクストで位置付けられています」と工藤氏は説明する。

 先進企業では、事業戦略に基づき、今後、どこに、どういう人材が足りなくなりそうなのかを見極め、海外駐在という形で他の拠点から人材を融通するのであればどこから派遣するのか、ローカルスタッフとして採用した方がよければ第三国も含めどこから採用するのか、また現在自社に勤務している従業員を育成して当該ポストに就けることを想定するのであれば海外経験も含めどのように育成に取り組むのかといった具合に、いずれの施策においてもグローバルモビリティを1つの仕組みとして戦略的に考え活用しているという。

そもそも海外に人材を派遣する目的は何か?

 欧米の先進企業において人材を海外に派遣する目的は、現地のスキルやナレッジを補うためだけではない。Vialtoパートナーズの調査によると、欧米多国籍企業では、若手のハイポテンシャル人材の早期育成や、サクセッションプラン※の対象者に海外事業を経験させるストレッチアサインメント(実力以上の仕事を与える人材育成手法)としても重要視されていることが明らかになった。
※「後継者育成計画」:重要なポジションの後継者を見極め、育成することを指す

 特にIT系、ハイテク系の企業では、海外での事業推進と合わせて、ハイポテンシャル人材の育成という目的も大きくフォーカスされているのだ。

 派遣される人材像も、欧米多国籍企業と日本企業では大きく異なる。欧米では、本社国からの派遣は相対的に少なく、またミドルマネジメント以上の派遣はかなり絞り込んでいる。一方の日本は、本社からの派遣が大多数で、日本からミドルマネジメントを多数派遣する。

 欧米多国籍企業では、「三国間異動」(海外関連会社から別の海外関連会社への異動)の活用が多いのも大きな特徴だ。「背景にはコスト意識の高さ、“適材の適コスト”での派遣を追求する姿勢があります」と工藤氏は語る。

 例えば、同じスキルセットを持った人材が米国とベトナムにいたとする。彼らをシンガポールに異動させたときに、ベトナムから派遣した方がコストが安いため、米国に本社があったとしても、米国からではなくベトナムから人材を派遣する。日本企業の場合は、日本から派遣しがちだ。

 このように、欧米多国籍企業では、海外派遣の目的においても、派遣者の選定においても、既に戦略的に考えられていることが分かる。

タレントマネジメントとモビリティをどう連携させるか

 Vialtoパートナーズの調査では、欧米多国籍企業がさらにその先を見据えていることも明らかになった。

 欧米多国籍企業に対して、モビリティに関する“次の優先取組事項”を尋ねたところ、「タレントマネジメントとモビリティの連携」「従業員体験の強化」「プロセス効率化を目的とした新規ツールやシステムの導入」といった項目が上位に並んだ。

「通貨も、法律も異なる国に人材を派遣するわけですから、コンプライアンス違反などがあれば、会社のレピュテーションリスクにもなりかねません。海外への派遣に際し、日本および任地国の法令をきちんと遵守し、現地で問題を起こさず、事業部が求めるスピードで人材を派遣することが優先課題として求められていた時代が長らく続いてきました。しかし欧米企業はそうしたオペレーションに関する課題への対応は一巡した感があり、次のフェーズに移行しようとしています」(工藤氏)

 欧米多国籍企業では、次の関心事として、タレントマネジメントの中でモビリティをどう位置付けるのかというところにフォーカスがシフトし、タレントマネジメントの機能別にさまざまなモビリティ施策が考えられている。

タレントマネジメント機能別のモビリティ施策(例)
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 また、従業員体験の強化という観点で取り組みが増えているのが、フレックスパッケージの導入だ。家族の在り方や働き方に対する価値観が多様化する中で、硬直化した処遇制度では派遣者のニーズや希望に応じられず、一つ一つに対応しようとすると、処遇の拡大とコストの増加という事象を引き起こしかねない。

「われわれの調査では、6割の企業が何らかの柔軟性を処遇制度に取り入れており、その理由として、85%以上がモビリティにおける従業員体験の向上を挙げています」と工藤氏は説明する。

 ツールやITシステムについては、すでに何らかのシステムを導入している企業は少なくない。ここでポイントになるのは、システムを用いて何を実現したいのか。何を効率化し、どんな業務の高度化を期待するかによって採用すべきシステムは異なるということだ。

「人的資本経営の観点からは、コストやKPIなどの分析に資するデータベースとなり得るプラットフォームで、なおかつモビリティに特化したものではなく、国内外の従業員を網羅できるものが望ましいと考えられます」と工藤氏は述べる。ただ、欧米企業とはいえ、オペレーション工数の軽減という観点から導入されているシステムがまだ多く、戦略的モビリティに用いるためのデータ分析等への活用はまだこれからの段階であるという。

進化するモビリティチームの役割・機能

 欧米多国籍企業と日本企業では、グローバルモビリティチームにも違いがみられる。グローバルモビリティチームとは、グローバルモビリティをサポートする部門―従前、海外人事、国際人事と呼ばれていた組織―を指す。

 前述の通り、従来はコンプライアンス違反もなく、円滑に人材を送り出すことが重要視されてきたため、日本に限らず海外においても「機能型モビリティチーム」が圧倒的に多かった。しかし、人材活用にスポットが当たり、人的資本経営の考え方が広く浸透してきた中で、グローバルモビリティチームの役割は変わりつつある。

「オペレーション業務についてはアウトソーシングやシステム、ツールの活用により工数を減らし、グローバルモビリティに携わる部門についてはサポート機能ではなく、より包括的なタレントマネジメントや、事業戦略との連携を追求する『戦略型モビリティチーム』に進化することが求められています」(工藤氏)

 さらに先進的な欧米企業の中には、モビリティチームが経営や事業部門に能動的に働きかけて海外の進出先をアドバイスするような、「インフルエンサー型モビリティチーム」を有する企業もあるという。

「機能型モビリティチームが多い日本企業が、一足飛びでインフルエンサー型に変わることは難しいので、まずは戦略型モビリティチームを目指してはどうでしょうか」と工藤氏は提言する。

 日本企業におけるグローバルモビリティの課題は欧米企業のそれとは異なる部分もあり、解決への取組みも容易ではないことは確かだ。しかし工藤氏は、「人的資本経営の取り組みや、グローバルな事業成長に向けては避けて通ることはできません」と述べ、「われわれが日本企業のグローバルモビリティを支援していきます」と力を込める。

 Vialtoパートナーズは、もともとPwCグループの中にあったグローバルモビリティサービス部門が2022年4月に全世界で独立して発足したスペシャリティ・プロフェッショナルサービス・ファームである。世界中に6,500人超のエキスパートを擁し150ヵ国のグローバルネットワークを通じて、国境をまたいだ人材活用にかかわる戦略構築・ポリシー設計から、税務、ビザ・イミグレーション、給与計算・報酬管理、社会保険の実務などのオペレーションまで一気通貫でサポートしている。

「われわれは日本企業が、世界で冠たる企業になってほしいと願っています。そのために、さまざまな情報やアイデアを提供し、課題解決に向けて伴走していきます。ぜひグローバルモビリティを御社の人材戦略の中核課題の1つと位置づけて、一緒に考えていきましょう」。工藤氏はこうエールを送って、締めくくった。

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