公職選挙法は「選挙取締法」という立てつけ

 これとほぼ同時に公布されたのがあの悪名高き「治安維持法」です。男性成人全員が有権者となりましたから、無産運動(資「産」がない労働者や農民の利益を守る運動)をやっている左翼も政治的影響力を行使します。だからセットで「天皇制と資本主義の世の中を転覆させようとする者は逮捕します」としたわけです。それだけ無産運動を恐れていたのです。

 こういう経緯ですから、この選挙法は、基本の目線が「可能な限り、民はよらしむべし、知らしむべからず」、つまり卑しい庶民は必ず買収されるから、投票する権利について明記するのではなく、「勝手なことしたら取り締まるからな」という「選挙取締法」という法律の立てつけになっています。

 そうした取締法的な規制項目の典型が「戸別訪問の禁止」です。100年前の法律の九十八条にはこう書いてあります。「何人ト雖(いえども)投票ヲ得若(もしく)ハ得シメ又ハ得シメサルノ目的ヲ以テ戸別訪問ヲ為スコトヲ得ス 何人ト雖前項ノ目的ヲ以テ連續(ぞく)シテ個個ノ選擧人ニ對シ面接シ又ハ電話ニ依リ選舉運動ヲ為スコトヲ得ス」

 100年後の現行の公職選挙法の百三十八条にも、こうあります。「何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて戸別訪問をすることができない」。驚きます。ほぼ同じ法文だからです。

 そうなるのも当たり前です。戦後民主政治を支える基本の「キ」となる選挙のルール集が、戦前の「選挙民は基本的に信頼できない手合いだ」という法律を継承してつくられたものだからです。

 戦争に負け、新憲法ができ、政治のルールも世界標準に変えたはずなのに、それが相変わらず「何をするかわからん連中を事前に取り締まる」という前提のままなのが公職選挙法の発想なのです。