(山田敏弘・国際ジャーナリスト)
実はいま、日本の“スパイ史”に残るような大変な出来事が起きている。
2022年10月、中国と日本の架け橋として活動していた「日中青年交流協会」の元理事長である鈴木英司氏が、中国でスパイ活動の罪で6年間投獄された後に解放され、帰国した。鈴木氏は2016年に逮捕されるまで、200回以上も中国を訪れて日中の交流のために活動していた人物だ。
日中のために尽力していた鈴木氏が実刑判決を受けるのは、親中派の人々にとって衝撃的だったという。その鈴木氏が『中国拘束2279日』(毎日新聞出版社)という本を上梓した。中国当局から「日本の公安調査庁のスパイ」と認定されて有罪判決を受けた鈴木氏は、この本の中で明確に自身は「スパイじゃない」として“ぬれ衣による逮捕・拘束”だったと批判している。
その鈴木氏の帰国とその著書が、いま日本のインテリジェンスに携わる人々の間で大きな波紋を呼んでいるのだ。
例えば、著書で鈴木氏はある「疑惑」を主張している。その疑惑とは、本の帯にも書かれている「公安調査庁に中国のスパイがいる」というものだ。事実であれば日本の情報機関である公安調査庁にとっては一大事であり、その存続すら揺るがしかねない大スキャンダルとなる。
そこで、本稿では次の2点について、筆者の取材からの情報も合わせて考察してみたい。
日中友好活動に長年携わってきたのに
1つ目は、鈴木氏が、日本のために働いたスパイだったのかどうかだ。もう1つは、先に述べた公安調査庁の内部に中国のために働く「二重スパイ」がいるのかどうか、である。
まず簡単に、鈴木氏の来歴を見ていきたい。
著書によれば、鈴木氏は大学卒業後に労働組合職員となる。少年時代から中国に対する関心を持っていたところ、上部団体の日本労働組合総評議会(総評)が中国の労働組合のナショナルセンター・中華全国総工会と交流を開始したことで、その事務局を担当。それを機に度々訪中するようになる。社会党の竹内猛衆議院議員(当時)の秘書を務めた時期もある。また竹内氏の秘書になる前から、社会党の土井たか子衆議院議員(当時)とも親しく、土井事務所が発行した通行証で国会にも通っていたという。