天安門広場の辺りは髪の毛が逆立つ程ピリピリしていたが。封鎖された柵の外では意外にも自転車が通行している。
そこに混じって、ゆっくり通り抜けてみた。写真で見なれた、あの天安門の象徴である毛沢東の大きな写真とその下に書かれた「全世界人民大団結万歳」というスローガン。ただ違うのは、その前に解放軍の戦車が並んでいることだ。そして戦車の前には兵士たち。異常な光景だ。とても自転車を止めて撮影する勇気はない。その後、二、三度往復したが、やはり一枚もシャッターが押せなかった。
デモ隊が消えた後の天安門、異様な緊張感と奇妙な平静
2日後、天安門を通り過ぎるバスを見た。早速手前の停留所を見つけ、バスに乗ってみた。広場を通過しながら様子を探り、「これなら撮れる」と確信した。
再びバスに乗り、広場が近づいた時に、いきなり窓を開け放ち、カメラを取り出して連写した。当然、乗客たちは驚き声を上げながら顔を引きつらせたが、誰も止める者はいなかった。
幾度か繰り返すうちに、こちらもだんだん大胆になり、最後はバスの窓から上半身を乗り出して撮影していた。貴重な撮影済みのフィルムは汚れた靴下の中に隠した。
市内は落ち着いていた。異様な戦車群といたる所にいる兵士は気になるが、その周辺ではごく普通の生活が営まれている。それも不可解だった。ついこの間の嵐はなんだったのか。あの100万人規模といわれたデモの群衆はどこに消えたのか。
町の食堂の客はひたすら食べる事に勤しみ、路上でハリネズミを売っているおじさんは客との値切り交渉に忙しい。やはり圧倒的な軍の前では市民は無力なのか。皆、軍や警察、密告者を恐れるあまりに知らぬふりをしているように見える。それともまったく関心がないのだろうか。