城砦の終焉へ

1993年の九龍城砦の夜景 イアン・ランボット, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 独特の文化を完成させていった九龍城砦だが、終わりの時は近づいていた。1970年代から香港は大きな時代の流れにあった。1972年に米中、日中国交が回復し、国際情勢も大きく変化していった。その中で1982年にはイギリスの首相サッチャーが香港問題に大きく切り込んでいき、1984年には英中共同宣言が調印され、香港は1997年に正式に返還されることとなった。そこでにわかに巻き起こったのが九龍城砦問題である。

 香港政庁は1987年に九龍城砦を取り壊すことを発表した。住民の反対もあったが、1992年には立ち退きが完了し、1993年から1994年にかけて解体工事が行われた。そして現在は静かな公園に姿を変えた。公園内には清代の役所が復元されている。アヘン戦争以降、イギリスの植民地と化した香港が失った年月を象徴するかのようである。


九龍寨城公園 写真/フォトライブラリー
 

 今となっては写真集などでその面影を辿るしかない。しかし九龍城砦は確かにそこにあり、そこには多くの人々の生活があった。人と人とが交わらなければ生活することは叶わなかったであろう、密度の濃い空間。我々が九龍城砦に惹かれてしまうのは、その密度によるところが強いのではないかと思う。濃密な人と人との繋がりを、現代を生きる我々も求めているのかもしれない。今もなお映画や漫画などのコンテンツを通して九龍城砦が語られているのは、人が普遍的に求めるものを今は無きその場所に求めるがゆえなのではないかと思う。

参考文献
九龍城寨の歴史 魯金著 倉田明子訳 みすず書房
香港の歴史 ジョン・M・キャロル著 倉田明子、倉田徹訳 明石書店
最期の九龍城砦 中村晋太郎 新風舎
大図解九龍城 九龍城探検隊 岩波書店
日本占領下の香港 関 礼雄著 林 道生訳 御茶の水書房
香港追憶 長野重一 蒼穹舎