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大企業の経営幹部たちが学び始め、ビジネスパーソンの間で注目が高まるリベラルアーツ(教養)。グローバル化やデジタル化が進み、変化のスピードと複雑性が増す世界で起こるさまざまな事柄に対処するために、歴史や哲学なども踏まえた本質的な判断がリーダーに必要とされている。
本連載では、『世界のエリートが学んでいる教養書 必読100冊を1冊にまとめてみた』(KADOKAWA)の著書があるマーケティング戦略コンサルタント、ビジネス書作家の永井孝尚氏が、西洋哲学からエンジニアリングまで幅広い分野の教養について、日々のビジネスと関連付けて解説する。
今回は、東京美術学校(現・東京藝術大学)設立に携わり、国内外で日本美術の振興に尽力した岡倉天心の著書『茶の本』を取り上げる。道教や禅の思想を背景に育まれてきた東洋的な芸術観の神髄とは? そして今、私たちが失いかけている価値観とは?
日本人は茶道の影響を受けている
多くの日本人は、茶道などは習ったこともないだろう。しかし、今回取り上げる『茶の本』の著者である岡倉天心は、本書でこう述べている。
「私たち日本人の住居、習慣、衣服や料理、陶磁器、漆器、絵画、そして文学にいたるまで、すべて茶道の影響を受けていないものはない」
私たち日本人は知らぬ間に茶道の影響を受けているのだ、という。本書は「茶道」という切り口で日本人の美意識を解き明かした、明治時代の美術運動家・岡倉天心の代表作だ。原著は英語で執筆され、1906年に米国で刊行された。
天心は幕末の1863年、横浜で生まれた。「国際化に向けて英語は必須」と考えた貿易商の父の影響で、天心は幼いころから英語を母国語のように学び、漢学・仏教・日本画など伝統的日本文化も身に付けた。
わずか14歳で東京大学に第一期生として入学し学んだ後、文部省で美術行政に携わった。さらに東京美術学校(現在の東京藝術大学)の設立に奔走。初代校長になり、日本美術の振興に尽力した。
天心自身はアーティストではなく、アーティストを支える立場だった。その後、東洋美術の源流を訪ねて中国やインドを旅行し、米国ボストン美術館にも勤務した。早速本書の内容を見ていこう。