土谷正実の入信という悲劇

 ところがそこへ、化学の専門家が加わる。土谷正実元死刑囚(2018年執行)だった。大真面目にサリンの生成に取り組み、まんまと成功してしまった。その効果を試したのが松本サリン事件だった。強制捜査を逃れるために前代未聞の化学兵器テロがわずか2日の計画で実施された。ただ、思いつきと場当たり的であるがために、サリンの純度は低いままだった。

土谷正実。2018年7月、東京拘置所にて麻原彰晃らと共に死刑が執行された(写真:共同通信社)

 そして、もうひとつの事情。30年前の3月20日は月曜日だった。翌21日は春分の日で祝日だった。つまり20日は連休の谷間だった。それで朝の通勤時間帯とはいえ、普段より車内は空いていた。これが通常であったり、ラッシュ時のピークを狙ったものであったりしたら、地下鉄車両内は身動きの取れない走る毒ガス室に変わっていたことだろう。

 教団では昼夜を問わず「修行」に従事させられる。睡眠時間もろくにない。そんな生活で時間感覚、曜日感覚も薄れていく。暦を確認する余裕もなく、緻密さに欠ける。そして、忙殺される中で自己を見失い、言われるままに信者たちが決行した結果が、30年前の同時多発テロ事件だった。

(文中一部敬称略)