実は、このサリンは前日の夜に出来上がって、教祖の麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚(2018年執行)に報告されている。この時に、純度の低い混合物であること、時間をかけて純度を上げたいことも告げられているが、麻原は「いいよ。それで」と指示している。

麻原彰晃こと松本智津夫(写真:共同通信社)

実行のわずか2日前に計画された無差別テロ

 そもそも地下鉄サリン事件が計画されたのは、わずか2日前の18日未明のことだった。東京都内から上九一色村の教団施設に向かう麻原のリムジン車内で謀議が行われた。裁判記録によれば、動機は警察当局による教団施設への強制捜査が間近に迫り、これを回避するためだとされる。実際に、地下鉄サリン事件から2日後の22日には、教団施設に別の事件(目黒公証役場事務長拉致事件)で強制捜査に入っている。

 準備が不足し、生成を急いだあまり、不純物の混ざった純度の低いものしかできなかった。それでゴーサインが出る。教団の体質には、思いつきと場当たり的でいい加減なところがある。

 地下鉄サリン事件からさかのぼること5日前の3月15日。やはり霞ヶ関駅に液体噴霧器を仕込んだアタッシェケースが置かれる事件が発生している。教団が仕掛けたもので、ボツリヌス菌が作る猛毒のボツリヌストキシンを噴霧する計画だった。だが、押収されたアタッシェケースから検出されたのは、ただの水でしかなかった。

 教団の武装化のきっかけは、1990年2月の衆議院選挙に麻原が立候補するも、惨敗したことだった。社会に否定されたことへの復讐、あるいは日本そのものを乗っ取るつもりでいたのかもしれない。そこではじめに手をつけたのがボツリヌス菌の培養だった。ボツリヌストキシンを撒いて、人類を死滅させる。トラックで皇居の周辺に撒いたこともあった。だが、ボツリヌス菌は一度も培養に成功したことがない。

 そのほかにも教団では様々なものを生み出そうとしていた。一連のオウム裁判を取材した中では、『ガンダム』を作ろうとしていたエピソードまであるが、早稲田大学理工学部応用物理学科を主席で卒業して、地下鉄にサリンを撒いた廣瀬健一元死刑囚(2018年執行)が、成功した例として得意げに語っていたのが「万能ホバークラフト」だった。だが、このホバークラフトも水に浮かべたらすぐに沈んでしまったらしい。それを法廷で聞かされた廣瀬は「え!」と驚いていたくらいだ。

 それがこの写真だ。過去に私が入手した。教祖様も中央に鎮座している。だが、これを「万能」だとか「ホバークラフト」と呼べるものだろうか。

オウム真理教が「開発した」とされる「万能ホバークラフト」

 言ってしまえば、教団という組織内部は、空想の世界に浸れた場所だったのだろう。想像からはじまって作り出すものがうまくいかなくても、それで済まされる。科学といいながら、どこかで遊んでいる。