私はこの前年の6月に発生した松本サリン事件の現場にも入っていた。この年の1月1日には読売新聞が、教団施設のある山梨県上九一色村(当時)からサリンを生成した際の残留物質が検出されたことをスクープしていた。それから徐々に、オウム真理教とサリンとの関係を疑う報道や情報に接する機会も増えていた。

 すると、私よりも年配の男性カメラマンが言った。

「わかった。それで、サリンはどんな特徴があるんだ?」

「常温で無色無臭の気体です」

 そう答えたあと、車内が静まり返ってしまった。平然とそんなことを言い放った自分が、あとになって恐ろしくなった。しかし、それが事実だった。それだけにオウム真理教が引き起こしたことは卑劣だった。

【地下鉄サリン殺傷事件】防護服に身を包み地下鉄構内に入る東京消防庁の化学機動中隊=1995年3月20日午後2時32分(写真:共同通信社)

サリンの純度は35%

 ところが、あとになってみると、教団がもっと緻密であったのなら、もっと被害が拡大していた可能性が見えてくる。

 そのひとつが、散布されたサリンの純度だ。繰り返すが、サリンは常温で無色の液体が気化することで無臭の神経ガスとして人を襲う。それが実際に散布した実行役に渡された袋詰めのサリンは紅茶色をしていたという。不純物が混ざっていたことになる。

 実際に、穴を空けられずに丸の内線車両内に残されたサリン袋がひとつ捜査当局に押収されている。この液体のサリン純度は35%だったとされる。これが100%に近いものだったとしたら、どうなっていたことだろう。