EUDRの適用で必至だった供給網の混乱

 パーム油やコーヒー、カカオのみならず、農作物や畜産品の中には、その生産のために森林破壊を伴うものが少なからず存在する。例えば、カカオの産地であるガーナでは、カカオ農園を拡張するために多くの森林が伐採されている。また、カカオの栽培農家の所得は低く、また児童労働が横行するなど問題が多い。

 森林破壊に歯止めをかけることは、その他の問題を改善させることにもつながる──。そうした人道主義の立場からは、EUが導入しようと試みたEUDRは一理ある規制だが、問題はEU特有の性急さにある。

 欧州委がEUDRを提案したのは2021年11月、欧州議会と閣僚理事会が採択したのは23年4月と5月だった。それを24年末に適用するということは、発案からわずか4年足らずの間に、EU域内の事業者が、その農作物や畜産品が森林破壊を伴わずに生産されたものかどうかを証明する必要に迫られたということである。

 そうした農作物や畜産品のかなりの部分が、程度の差はあるとはいえ、森林破壊を伴うかたちで生産されていることは明白である。当然、業界団体は強く反発した。

 森林破壊を伴うことなく生産されたものだけしか流通させることができなくなれば、いわゆる「負の供給ショック」が生じる。EUDRに照らした場合、仮にカカオ豆の8割が森林破壊を伴うものだと判断されれば、域内の供給は2割に減る。需要が一定なら、供給が5分の1に萎むわけだから、価格は5倍に跳ね上がってしまう。

 ここまで単純ではないが、同様の理屈が様々な農作物や畜産品に適用されることになる。それにカカオやコーヒーなどは新興国の経済発展で需要が増加した一方、生産地の異常気象で供給が減少したため、ただでさえ需給が引き締まっている。そこにEUDRを適用し、さらなる供給ショックを引き起こせば、価格急騰は必至である。

 当然ながら、食品価格の急騰はインフレの加速に直結する。