“やりがい”だけでは戦えない

 翻って日本では、社会の中で「自衛隊」そのものに対しての理解は深まってきた一方で、「自衛隊員」が退職して民間企業に勤めることへの視線については、厳しいものがあると言わざるを得ない。「公務員、しかも自衛官が民間企業に転職したところで役には立たない」といった言説もとみにネット空間では目立つ。

 その真偽はいったん横に置くとして、社会的に「自衛隊に入ってしまうと退職後が苦しい」と認識されてしまえば、募集にも大いに悪影響を及ぼし、人材不足がさらに加速するだろう。

 いまの自衛隊は任期制隊員を別として、「隊員を辞めさせない」ことを是としている。しかし民間との垣根を低くし、流動性を高めることを容認していく方向性こそが自衛官の人生の充実につながり、結果的に日本の国防体制の充実にもつながるのではないだろうか。

 もっともこれは、防衛省自身も早い段階で認識していた視点ではある。2007年に公表された「防衛力の人的側面についての抜本的改革」において、すでに「自衛隊のような実力組織においては組織をより精強な状態に維持することが必要であることや、近年、国際平和協力活動などで実際に活動する機会が増加していることを踏まえれば、現状の年齢構成は望ましくない」と指摘。併せて「若年定年で退職するよりも40代の方が有効求人倍率は高いことや再就職するのであれば50代よりも若い年代の方が新たな職場への適応力が高いと考えられることも考慮すべきである」と述べている。

 それでも防衛省は、比較的簡単に実施できる(国会の議決を要する法改正ではなく、閣議決定による政令改正で可能な)定年延長ばかりを繰り返してきた。しかしいま自衛隊に必要なのは、現行の制度ありきで考えることではないだろう。

 組織の精強性を保つため、自衛隊をより魅力ある組織にするため、そして国防の道を歩んだ人たちの思いに報いるためには何が必要なのか。「定年」のテーマにおいても、そのような本質的な部分を考えるときが来ているはずだ。“国防”には、確かに大きなやりがいがある。しかし、やりがいだけを強調する組織の未来は暗い。

『定年自衛官再就職物語 セカンドキャリアの生きがいと憂うつ』(ワニブックスPLUS新書)では、防大出身の著者ならではの視点で自衛官の「セカンドキャリア」を追う『定年自衛官再就職物語 セカンドキャリアの生きがいと憂うつ』(ワニブックスPLUS新書)では、防大出身の著者ならではの視点で自衛官の「セカンドキャリア」を追う

松田小牧
(まつだこまき) 1987年大阪府生まれ。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。 陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、2012年、株式会社時事通信社に入社、社会部、神戸総局を経て政治部に配属。2018年、第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事部を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。近著に『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)、『定年自衛官再就職物語 セカンドキャリアの生きがいと憂うつ 』(ワニブックスPLUS新書)。

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