それでも自衛官の多くは「定年延長」に否定的

 自衛官の定年延長が進む背景には、人手不足が挙げられる。2023年3月末現在、定員約24万7000人に対し、実数は約22万7000人。「充足率92%」と聞くとそれほど悪いようには聞こえないかもしれないが、「自衛官が2万人不足している」という事態は相当深刻だ。

 多くの自衛官が「業務量が多すぎる」と悲鳴を上げており、採用担当者は「もはや入隊試験に『優秀な人材を選抜する』余裕はなく、『入れてはいけない人材を落とす』ものになっている」と本音を漏らす。

 自衛隊の業務といっても、何も体力を要するものばかりではない。システムを操作する職種や後方支援職などであれば、その技能は年齢にかかわらず生かせる可能性が高い。現にこのような考え方から、定年後に再任用で迎え入れられる人員の数は増加傾向にある。2001年末段階では30人に過ぎなかった再任用による在職者数は、2022年度末時点で1347人となっており、その対象業務も広範に及んでいる。

 現役自衛官および元自衛官の中には、「若年定年は時代と逆行している。定年年齢を延ばすべきだ」「定年年齢になれば一律で再任用すべきだ」と主張する人もいる。仮に自衛隊の定年が65歳まで延びれば、人員不足解消の大きな一助となるだろう。「ある程度の年齢になれば前線から退いて後方部隊を担当することで、若い兵力を前線に投入できる」との見方を示す人もいる。

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 また自衛官個人の観点から言えば、定年まで働くことができれば、給与が激減することも、50代半ば以降で新しい環境に飛び込んで一から仕事を覚えなければならないストレスもなくなる。そのためこの主張には頷けるところもある。

 ただ、筆者が自衛官および定年退官した元自衛官らに取材した中では、「定年年齢を延ばすべきではない」という声のほうが実は大きい。補足すると、「再任用が増加しているといっても、定年を迎える自衛官全体の中から見れば一握り。組織の性質を考えると、定年が65歳まで延びることはないだろう。それならば中途半端な定年延長はかえってマイナスとなる」との意見だ。

 慣れ親しんだ自衛隊に1年でも長くいられることが「マイナス」になるのはなぜなのか。定年退官した元自衛官らがまず挙げるのは、再就職先の企業からの視点だ。企業がいくら高齢者の活用を進めているとはいっても、「1年でも早く来てほしい」というのが多くの企業の本音だ。

 55歳での退官であれば、65歳定年の企業でも10年間勤務してもらうことができる。それが仮に今後定年年齢が60歳ともなれば、勤務期間は5年しかなくなってしまう。採用や育成、引き継ぎにかかる時間も考慮すると、「何もしなくても人が集まるような企業ほど、定年退職する自衛官の雇用に二の足を踏むところが出てくるのではないか」との懸念を抱く。

 また、自分自身の衰えを理由に挙げる元自衛官も多かった。「新しいことを始めるのに、50代と60代ではやはり差がある」「50代まではそこまでの衰えを感じなかったが、60代では仕事を覚えるのも感情の起伏のコントロールも難しくなった」などといった理由だ。「人は何歳からでも新しいスタートを切れるが、そのスタートは早いに越したことはない」と話す人もいた。

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