大谷に東京ドームに招待されたスモラ

 日本戦の2日後、オーストラリアとの最終戦に敗れ、チェコの初めてのWBCは幕を閉じた。しかしスモラには、思いも寄らないエピローグが待っていた。

 試合後、チェコの選手・スタッフが参加した打ち上げが行われ、盛大な宴は朝の4時まで続いたという。翌朝、ホテルの自室で帰国のための荷物整理をしていたスモラに、突然、一本の電話が入った。「大谷選手がキミを東京ドームに招待している」という連絡だった。

 スモラは言われるままに東京ドームに向かった。すると、待っていた大谷から、ユニフォームの代わりにとサインボールをプレゼントされたのだ。スモラは驚きのあまり言葉を失った。まさか密かな企みが、こんな形で実現しようとは。そして、二人は並んで記念写真を撮影する。

 大谷の周りには常に多くのメディアが群れをなしている。当然ながらスモラもメディアに囲まれ取材を受けることになった。スモラは日本で放送された自身の取材されている映像を見て、「朝方まで飲んでいたから、今日の顔はちょっとイケてないよね」と笑っていた。

 この日本戦をきっかけに、日本ではチェコ代表に関するニュースが増えていった。米国でも大会前からMLBにより、チェコの情報は「仕事と野球の両立を果たす選手たち」という触れ込みで、再三ニュース配信されていた。そうした報道によって、チェコは世界の野球ファンに少しずつその存在が知られていくことになった。

 スモラは取材の際に、「I do audit for KPMG Czech Republic.(私はチェコ共和国のKPMGで会計士をしている)」と自己紹介していた。これがメジャーリーグ機構のインスタグラムで紹介されたのだが、どこでどう間違えたのか、「KPMGの監査役」と訳されて日本のテレビで紹介されるという笑い話のようなエピソードもあった。

 このスモラがKPMGに入社して間もない頃に出会ったのが、日本から来た会計士の斉藤佳輔だった。

*第2話「俺はやり切っていない!野球をあきらめ、野球をこじらせ続けた男がチェコの野球リーグに飛び込むまで」(7月14日公開予定)に続く

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【矢崎良一(やざきりょういち)】
1966年山梨県生まれ。出版社勤務を経てフリーランスのライターに。野球を中心に数多くのスポーツノンフィクション作品を発表。細かなリサーチと“現場主義"に定評がある。著書に『元・巨人』(ザ・マサダ)、『松坂世代』(河出書房新社)、『遊撃手論』(PHP研究所)、『PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って』(講談社)など。2020年8月に最新作『松坂世代、それから』(インプレス)を発表。